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一日生きるということ
 一日生きると言うことは、一日寿命を減らすことです。
一分一秒生きると言うことも、一分一秒寿命を減らすと言うことです。
 ですから、その瞬間瞬間を大切にしなければなりません。親から与えられた大切な命なのですから。
 しかし政治が悪いのか、それとも個人が悪いのか良く分かりませんが、最近は、自殺で命を無駄にする人達が増えてます。
 また、殺人や強盗などの凶悪犯罪も、至る処で発生しております。
 やはり、警察にはもっとパトロールを増やして貰わなければ、安全な生活が出来なくなってきております。
更に、各町内ごとに警察官と同じ権限を持った自警団を組織して、女性や子供そしてお年寄りなど、弱い人達を守らなければなりません。
 町内を徒歩で巡回するお巡りさんは今は昔の話になりました。
私の町内でも、道警のパトカーが月に一回くらい警邏をしている程度です。これでは犯罪を根絶できません。
おわり
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悪妻
 ことわざでは「悪妻は百年の不作」と言われ、その意味は「夫にとって、ためにならない女性と結婚すると、その悪影響は百年にも及ぶぞ」という警告だそうです。
 悪妻を妻(め)取らぬよう注意したいのですが、これだけは結婚してみなければ分かりません。妻というのは夫によって変わる場合が多いわけです。
しかし、女性にとって「悪夫は百年の飢饉である」と言われています。

悪妻の定義
夫が結婚したことを後悔するような品行の妻」、もしくは傍目から見て「あのような品行の女性とは結婚したくない」と思われるような妻。

 悪妻の実例を歌にしたような「ハイそれまでヨ」という曲があります。
ハイそれまでヨ(歌:植木等 作詞:青島幸男 作曲:萩原哲晶)

 また、いわゆる亭主関白のように、現代においても家父長制的な夫が非難されるのと同様に、かかあ天下と呼ばれるような、夫婦関係において実権を握る妻を悪妻とする見方もあります。
 しかも、やりくり上手で、家庭に貢献している女性は(夫を尻に敷いていても)悪妻とは見られないことが多いのですが、浪費家で、家庭を危機に陥らせるような女性は悪妻と見られやすいものです。
 男性も女性も、外見だけにとらわれず、内面もきちんと見て、素晴らしい伴侶を得ましょうね。
おわり
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除雪と排雪
 明日からゴールデンウィークに入りますが、札幌市の郊外には、まだ雪がたくさん残っています。今年の雪は半端じゃなかったですね。
 例年の二倍は積もったと思います。
そのため、毎日のように除雪をしなければ、日常生活に支障が生じました。例えば、玄関が雪に埋まると出入りができません。火事が起きたら避難ができません。郵便物や宅配便も届きません。とにかく今年は大変でした。
 札幌管区気象台は「平成11年~平成12年に次ぐ二番目の大雪」と発表しました。しかし、私は西区に30年以上住んでいますが、今年のような大雪を体験したのは初めてです。
 早く、新緑の季節が到来することを願っています。

 さて、札幌市の場合は「除雪」と「排雪」とを分けて使っております。「除雪」は、道路上の雪を路肩の方に退かすことですが、「排雪」は道路の雪を除雪車やダンプカー等を使って完全に取り除くことをいいます。
 当然、「排雪」の方がお金がかかるので、住宅地では、年に1回程度しか実施されません。もちろんタダではやってくれませんので、住民は町内の「排雪」のために除雪費を積み立てております。
札幌市の除雪パートナーシップ制度
 幹線道路については、状況に応じて全て税金で「排雪」が行われます。
札幌市の場合「雪対策にかかる予算」として例年、約150億円が計上されます。しかし今年は大雪だった為、200億円近くが費やされました。

札幌市 平成24年度の雪対策にかかる予算
毎日新聞記事札幌市:除雪費25億円増額 大雪で再補正案提出
(毎日新聞 2013年02月27日 地方版)

 札幌市は26日、除雪費25億円を増額する一般会計補正予算案を開会中の定例市議会に提出した。同市は13日にも除雪費20億円を増額する補正予算案を提出しており、既に市議会で可決・成立している。
 補正総額は計45億円になり、1995年度の補正額(37億7000万円)を抜いて過去最高になった。予算案は27日にも可決・成立する見込み。
除雪費の総額は約194億円となる見込みで、当初予算額は約149億円だった。札幌市は「降雪量が平年より多く推移した上、21日の大雪が追い打ちをかけ、さらなる作業の増加が見込まれる」と再補正の理由を説明している。再補正は過去に2004年度しかないという。

札幌市によると、今年度の累計降雪量は25日までに490センチに達しており、過去5年の平均値(364センチ)より126センチも多くなっている。

おわり
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進化する音声認識技術
 もう20年くらい前になるでしょうか、新聞に「10年後は、誰もがみなコンピューターと会話しているだろう」という記事があったのを思い出しました。情報化社会に変貌したことが、その予言を証明しています。
 中でも、音声認識技術やセンシング技術の進歩は、非常に早く、近い将来、クルマに組み込まれたコンピューターに対して、音声による指示を出すことで、自動運転が行える時代がもうすぐ来るでしょう。音声で、クルマに指示を与えると、ハンドル操作をしなくても、自動的に目的地まで行ったり、衝突しそうになったら自動的に停止できるようになるでしょう。

 自動運転モードでは、運転を楽しむ面白味がなくなりますが、居酒屋やスナック等で酒を飲んでも自動的に自宅まで帰ることが出来るので安全です。これにより、交通事故が減少するため交通警察の仕事が大幅に減ります。また、安心して酒が飲めるので、飲食店への客が増え、酒造会社も儲かり、家族も安心で、四方八方丸く収まるというわけです。
 これは、すなわち航空機の自動操縦システム(オートパイロット)を、自動車に応用したものです。なお航空機の場合、離着陸の際は原則的にパイロット自身の判断で飛行する有視界飛行方式を取っておりますが、自動車の場合は、完全自動運転化が可能です。
 また家庭では、ご飯を炊いたり料理をしたり、掃除や洗濯、育児や介護も、音声認識システムを家庭用ロボットに内蔵することで実現されるでしょう。ここまで進化すれば、専業主婦も社会に進出できると思います。


 音声認識システムは、犯罪防止にも役立たせることが可能です。
例えば、振り込め詐欺の音声内容による詐欺被害の防止です。
つまり、超小型の「マイクロコンピュータを内蔵したMC電話機(仮称)」に、振り込め詐欺の手口をデータ化して組み込めば、犯人の音声と詐欺手口データとの比較により、怪しければ自動的に電話を切ることが出来ます。
 特に、犯人からの電話内容に「弁護士」「警察」「税務署」「消防署」「税金」「還付金」「絶対」「儲かる」「口座」「現金」「預金」「通帳」「キャッシュカード」「預かります」「事故」「携帯」「電話」「番号」「変わった」「パスワード」「オレオレ」など、電話の相手(犯人)がこれらの言葉を使ったら、2~3のキーワードの「論理積」をとって、結果が「」なら、自動的に電話を切るようにするのです。
 また、家族や親族の声をデータ化してMC電話機(仮称)に記憶させておくと、オレオレ詐欺や、なりすまし詐欺による被害を防止できると思います。これで、振り込め詐欺被害が激減するでしょう。
おわり
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「老後に不安」7割
 かつて、経済企画庁による国民生活選好度調査で、将来の生活費や健康、介護などが気がかりで、自分の老後に不安を抱く人々が急増し、7割以上に上っていることが分かったそうです。
 老後に不安を感じている人の比率は、バブル経済期の前よりも大幅に増えており、長期不況に伴う「給与の伸び率低下」や、少子高齢化、財政危機による「年金支給先延ばし」への懸念などが背景にあるとみられます。
 老後を迎えるまでに、どれ位の蓄えができそうかを40~50歳代に尋ねたところ、約6割の人が1000万円以下と答え、将来への不安意識の高まりは、消費を抑えて貯蓄に回す傾向を生み、不況を深刻化させる要因のひとつとされています。
 老後の不安を解消するのは、政府の責任であると思います。しかし、党利党略、私利私欲に走る政治家に何が出来るというのでしょうか。
 老後の生活は、政府などあてには出来ません。自分の力で守りましょう。そのためには、貯蓄しかないのですが、銀行は破綻の恐れがあり危険です。また日本経済が行き詰まると、預金封鎖(銀行が金融資産の引き出しを制限)の可能性もありますので、自分の財産を守るにはタンス預金に限ります。
 しかし、インフレが進行すれば、タンス預金でさえ紙くず同然になります。政府は「インフレと預金封鎖で国債をチャラに」することを目論んでいるのかも知れません。
 例えば、アベノミクスと称するインフレ政策が進行してハイパーインフレに陥り、物価が10倍になれば、タンス預金の貨幣価値も10分の1になってしまいます。
 当然、国債の償還にかかる費用は実質10分の1になります。
 政府にとっては願ったり叶ったりというわけです。しかし、ハイパーインフレのままでは通貨への信用が回復できないため、政府は新規の資金調達が出来ません。

昭和21年だけで、卸売物価指数は365%も上昇
(昭和20年~27年の間に物価は約200倍)
 そこで、預金封鎖で強制的に通貨流通量を減らしてインフレの進展を防ぐということです。これが現実にならないよう祈るしかありませんね。
長寿の秘密

 百歳を超す長寿の人は、「好中球(体内に入った細菌などを食べてしまう白血球の一種)」と呼ばれる細胞の働きが高まっていることが、新潟大学医学部と琉球大学との共同調査でわかったそうです。
 私も、健康であれば百歳まで生きたいと思いますが、病気など、寝たきりの状態では、死んだほうが幸せではないかと思います。
 「金さん銀さん」も、早く迎えが来ますようにと願っていたそうです。
おわり
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脳死判定と臓器提供
 脳死判定や臓器提供のニュースを聞きますと、病院側は臓器提供者である患者さんの救命処置をろくにしないで、ジーッと死を待っているような、イヤな感じを受けます。また、心臓はA病院へ、腎臓はB病院へと報道されたとき、何となくバラバラ事件を連想します。

 そもそも、「臓器移植の推進」をしている厚労省病院・医療関係者そしてマスコミの中で、何パーセントくらいの職員が「臓器提供の意思表示」をしているのか知りたいものです。

輪廻転生」を信じている私にとっては、臓器移植などに協力したくはないですね。もしも生まれ変わった時、前世に臓器提供をしたために、心臓や腎臓がなかったり、何らかの障害があったら、一生、障碍者として生きていかなければなりません。
 私の妻も、脳死判定や臓器移植のニュース番組を見るたびに、「臓器提供をしない」と強く話します。そして妻は、親から貰った身体のままで、この世から旅立ちたいと述べています。
 厚労省や病院・医療関係者そしてマスコミが、臓器移植の推進をするのであれば「死後の世界が分かってから」にして頂きたいと願っています。
おわり
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国歌と国旗
 文部省(当時)が1990年、学校での式典に日の丸・君が代を義務づけたことによって、この問題をめぐっては緊迫した議論がおこなわれてきました。そして1998年、広島の県立高校の校長先生が「君が代」「日の丸」問題に悩んだせいか自殺しました。私でしたら自殺などしないで、自分の考えを貫き通したと思います。
 君が代のルーツは平安時代に編纂された「古今和歌集」の和歌で、天皇または君主の治世が末永くつづくことを願う歌だったのです。
 明治のはじめに君が代が国歌として用いられることになった際、政府によって、天皇の治める世が末永く続くよう願う歌と定義され、学校やその他の場で、天皇の治世をたたえる歌として教えられるようになったのです。

 明治25年に文部省の音楽教科書担当官が作った教科書にも、やはり「天皇陛下の万歳を祝う歌である」と書かれており、天皇制をナショナリズムの根幹にすえた戦前の政策によって、「君が代」は国民に広く浸透していきました。
 このように現在まで、「日の丸」「君が代」が、何の法的根拠もなしに、政府の独断によって国旗・国歌として扱われてきました。
しかし、先進国では成文憲法をもたないイギリスは例外として、どこの国でも憲法や法律で根拠を定めているようです。
 私自身は、「日の丸」はともかく、「君が代」を国歌としては認めたくないですね。
 そもそも、「君が代」の歌詞で「」とは君主のことで、つまり「天皇」を意味します。
私達がよく使う「君と僕」の「」ではないのです。
 従いまして、「天皇が世は、千代に八千代に・・」と続き、「苔のむすまで」ということになります。

皇軍一兵卒 父の思いで

 そもそも歌詞にある「細石さざれいし)がとなりてのむすまで」とは何年間くらいなのでしょう。なら場所によっては、1~2年でむすと思いますが、「細石さざれいし)がとなる」期間はどれくらいでしょう。
 一般的には、続成作用(堆積物が堆積盆で沈積後、固結して堆積岩になる過程)により10万年で土粒子(さざれ石)は固結(巌となる)とされています。つまり10万年もかかるわけですから、君が代は「天皇の世は10万年以上」という意味になります。
 以前、パイオニア社に、レーザーディスクの寿命を聞いたことがあるのですが、その回答は、半永久的=50年ということでした。メーカーでは100年を永久としています。それが、10万年ともなれば、永久を遥かに通り越すということになります。

 したがって、現在は戦前のような「天皇主権」ではなく、「国民主権」ですので「君が代」の歌詞には矛盾があります。そこで「君が代」の歌詞の「」を、次のように「」に変えたらどうでしょう。
”民”が代は 千代に八千代に さざれ石が巌となりて 苔のむすまで
これなら、国歌斉唱に反対する方は少ないでしょう。

 巷では、国旗・国歌について「正しい愛国心を育成するには、必要な事と思う」などという意見がありますが、強制はいけません。
天皇陛下も、国旗・国歌は「強制でないのが望ましい」と仰っています。

朝日新聞より引用>
 国旗・国歌「強制でないのが望ましい」天皇陛下が園遊会で

 天皇陛下は28日の園遊会の席上、東京都教育委員を務める棋士の米長邦雄さん(61)から「日本中の学校で国旗を掲げ、国歌を斉唱させることが私の仕事でございます」と話しかけられた際、「やはり、強制になるということではないことが望ましい」と述べた。
・・・
 陛下の発言について、宮内庁の羽毛田信吾次長は園遊会後、発言の趣旨を確認したとしたうえで「陛下の趣旨は、自発的に掲げる、あるいは歌うということが好ましいと言われたのだと思います」と説明。さらに「国旗・国歌法制定時の『強制しようとするものではない』との首相答弁に沿っており、政策や政治に踏み込んだものではない」と述べた。
朝日新聞 
(なお、宮内庁から訂正の要請がないので、天皇陛下の発言はいまも生きています)
 はたして、国旗や国歌の強制で正しい愛国心が育つものでしょうか。
私は、正しい世界観を与えるような教育が必要と思います。その中から必然的に愛国心が生まれてくるものです。
 いじめや校内暴力といった教育現場の荒廃が進行している中で、校長や教師はたいへん苦労されていると思います。
 また政治家や官僚そして企業まで、政財界の富裕層が、自己のことしか考えていないため、社会全体が荒廃し、愛国心など育たないと思います。
いまは、民主主義を願う国民が、「愛国心とは何か」を考えなければならない時期に来ていると思います。
おわり
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戦争の根元は利害関係
 10万名を超える尊い命が奪われた沖縄戦から68年が経ちました。
第二次世界大戦は「日独伊(日本、イタリア、ドイツ)のファシズム国家」対「米英仏蘭ソ(アメリカ・イギリス・フランス・オランダ、そしてソビエト連邦)の反ファシズム国家」の戦いでもあったのです。
それぞれの国の立場が違ったとしても利害関係で戦争が起こるものです。
沖縄戦
 沖縄戦とは、太平洋戦争末期の1945年,沖縄諸島に上陸した米軍と日本軍との間で行われた戦いである。沖縄戦での日米全戦没者は20~24万人とされる。
沖縄県生活福祉部援護課の1976年3月発表によると,日本側の死者・行方不明者は18万8136人で,沖縄県出身者が12万2228人,そのうち9万4000人が民間人である。

 つまり、反ファシズム国家には1930年代、アメリカ・イギリス・フランス・オランダのような資本主義国と、ソビエト連邦のような社会主義国があったのです。資本主義と社会主義との矛盾は、なくなるものではありません。しかし、日本、イタリア、ドイツの三つのファシズム国家に対する限りでは、たとえ一時的ではあれ、一致した対応をとることが出来たのです。
 中国における抗日戦争も、毛沢東が率いる中国共産党と蒋介石が率いる国民党が共同で、中国への侵略を続けている日本軍に対抗したのでした。
このように、戦争の根元は利害関係にあるのです。

 今日の中東問題(イスラム勢力とイスラエルとの抗争)や台湾問題(中国と台湾との抗争)・朝鮮半島問題(北朝鮮と韓国との抗争)などは、立場の違いではなく、利害関係で紛争が起きるのです。
特に、「中国 対 台湾」や「北朝鮮 対 韓国」は、同じ民族でありながら、
共産主義
資本主義というように国家体制の違いで紛争が起きています。一方、インドとパキスタンも同じ民族ですが、ヒンズー教イスラム教というように、宗教の違いで国が分かれ、紛争も起きています。

 単なる立場の違いであれば、外交で解決できる場合が多いのです。
しかし、北方領土や竹島・尖閣諸島問題も立場の違いというよりも、その本質は、漁場や資源を確保したいという利害関係なのです。
 現在の自公政権はどうでしょうか。自民党や公明党は、それぞれ立場が異なりますが、党利党略の為に政権を担うという利害関係では一致しております。
 つぎに今後、予想される戦争について、ひとこと述べたいと思います。
全ての国が専守防衛になるのが理想的かも知れませんが、現実は強力な軍隊で安全を確保しています。もし、我が国が中国やロシアに侵略されたら、現在の自衛隊は三日もたないと、昔からいわれております。
第三次世界大戦
核爆弾の脅威、核戦争、世界大戦、最後の審判

 日米安保条約におけるアメリカの義務は、あくまで自衛隊の後方支援であって、本気で日本を守るつもりはなく、日本列島全体をアジア侵略のための軍事基地として利用しているのです。
 アメリカが介入している朝鮮半島、アフガン、イラク、中東は泥沼状態です。アメリカは、ベトナムで敗北した後、テロとの戦いを大義名分として、世界の各地で戦争を起こして国家体制を破壊しています。更に、ベトナム戦争からイラク戦争まで、防衛手段を持たない一般市民を殺戮しているのです。
 これからの戦争は「ボタン戦争(核戦争)」です。兵隊などは必要ありません。国家元首の指示でボタンをプッシュするだけで、国土は焼け野原になります。戦争の勝利者はどこにもいないのです。
おわり
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処世訓と宗教
 私は、世渡りが下手な方ですが、「人間関係」には気をつけるようにしています。ところが貧乏くじを引くのは、大抵、私のほうです (^^;。
私が妻に「私が何をしたのですか」と言うと、「何もしないから問題なの」という答えが返ってきます。
 さて、宗教の言葉には意味不明の言葉が多いですね。
例えば、禅宗(曹洞宗)でよく使われる「色即是空」にしても、意味不明です。僧侶の説教で「万物の本質は空である」と言われましても、物理的に存在するものが何故、空なのかという疑問が出てきます。 意味不明な言葉で人心を惑わす事は、どうかと思うのです。
 仮に、僧侶が素晴らしい説教をしたとしても、仏様を拝んで病気が治ったり、収入が増えるわけがないのです。仏様を拝んで収入が増えるのは、お経を上げている僧侶くらいでしょう。

禅宗「釈迦三尊仏
 宗教を信じようとする人々は、自分の意志が弱いと思います。
宗教団体にも色々ありますが、所詮、観念論の世界なのです。(観念論:事物の実在性だけでなく、抽象的に解釈させる観念によって認識が成り立つというもの。)
 しかし神仏を信仰することで幸福になれた方もいるようで、そのような人達には、宗教は医者や薬代わりになるのでしょうね。
 ところで、故人の戒名の金額は、宗派や僧侶によって異なりますが、大体の相場は3万円~5万円ぐらいだそうです。しかし、本来、戒名には値段は無いはずです。
 高い戒名になると、お寺や僧侶から、一文字につき10万円も請求される場合もあり、問題にされています。

葬儀会場
 例えば、戒名に「院号」「道号」「位号」をつけると、葬儀の読経を含めて、100万円以上請求されるようです。

 仏教では、戒名を頂くと出家した僧と同様に、死後は個人でも極楽に行けるとされています。つまり修行もせず、信心が足りなくてもお布施を払って戒名を頂けば、誰でも極楽に行けるという虫のいい話なのです。しかし、戒名がない人は、残念ながら極楽には行けないことになります。「地獄の沙汰も金次第」なんですね。
 私は、人が死ぬと骨と灰になるだけで、天国・地獄・極楽などに行くことは絶対にあり得ないと思っております。
 死後の世界は、輪廻転生(生まれ変わり)しかありません。従って戒名は必要ないと思いますが、家族や親族が故人を偲び、思いを紡ぐためには、戒名が書かれた位牌がなければ困るのでしょうね。
おわり
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ラーメンの思い出
 私は、子供の頃からラーメンが好物でした。
当時(昭和20年代)、カレーライスや肉料理は最高の御馳走で、誕生日などのおめでたい日以外は、なかなか食べられる機会がなかったのです。
カレーライスに入れる肉類も、高価な豚肉の代わりに、当時は安価だったクジラ肉を使いました。子供の私は、豚肉が入っていたら大変に嬉しくて、飛び上がって喜びました。(現在、クジラ肉は高級食材になっていますね。)

 それと比べて、ラーメンうどんは、母親がよく作って食べさせてくれました。ちょうど自宅の裏に、親戚付き合いしていたウドン屋があったため、ラーメンやうどんの麺を安く買ったり、ただで貰うことが多かったそうです。母が作ったラーメンもたいへん美味しかったですね。
 何せ母が、近所のおばさんたちから、いつも「ラーメン屋さんでも始めたら良いのに」と褒められていたくらいです。
 札幌の狸小路ススキノには昔からラーメン屋が多く、街に出たら必ずといって良いくらいラーメンを食べました。
 狸小路には、「だるま軒」というラーメン屋があって、素朴で安くて美味しかったですね。
 確か、ラーメン一杯が30円(昭和30年頃)だったと記憶しています。ちなみに、当時のサラリーマンの初任給が、7,000円~8,000円の頃です。また、札幌のラーメン屋で、印象に残ったのは「味の三平」でしたね。味の三平は、当時から評判が良く、1時間も待たされて食べたラーメンは、上に乗っているモヤシが多く、中のラーメンは、なかなか見つかりませんでした。
 しかし「味噌ラーメン」に初めて出会ったのが感動でした。
 ラーメンの強烈な思い出としては、家族と湯ノ川温泉に行く時に、函館の朝市で食べたラーメンです。それはまだ私が中学生の時でした。
 そのラーメン屋さんは、主に行商人相手だったようで、年輩のおじさんとおばさんが二人で経営をしていたようです。

 私と弟と妹は、ラーメンを注文し、両親はソバを注文しました。
 両親のソバはすぐにできましたが、私たちが頼んだラーメンは、なかなかできてきません。 ラーメン屋のおじさんとおばさんが、何をしていたかというと、ラーメンをゆでながら、行商人と長々と世間話をしていたのです。
 私たち兄弟は、腹を空かせながら、その光景を我慢しながら黙ってみていました。そして数十分も待たされたあげく、やっと、ラーメンができてきたと思ったら、なんと、のびていたのです。ソバなのか、ウドンなのか分からないような味でしたので、両親に笑われてしまいました。

函館の夜景

 次に思い出すのは20代のころ、親戚と恵山に行った帰り、大沼公園で食べたラーメンです。
 私の従兄弟が、食堂でラーメンを注文したら、ウェイトレスからさっぽろですか、まるちゃんですか」と聞かれたのです。私は、なんのことかと思ったら、なんと、その食堂では、インスタントラーメンを作って客に出していたのです。当時は、インスタントラーメンがまだ出始めだったので、食堂のメニューになったのです。
 ラーメンの最後の話になりますが、数年前、大学生協の食堂で食べたラーメンは、辛くて辛くて、顔全体が熱くなりましたね。
 まるで、唐辛子を食べているようで、その名は「ピリカラーメン」でした。何故、「ピリカラーメン」なのか、さっぱり分かりませんでした。
 辛すぎて、 舌がピリピリするから「ピリカラーメン」なんでしょうか。
「ピリカ」という名称を使うのなら、顔全体が熱くなるようではダメですね。もっと美しくなるような味にすべきでしょうね。 
おわり
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札幌での生活
 私は札幌生まれの札幌育ちです。
 私が生まれた頃(昭和20年代)の札幌の人口は、現在の1/5の40万人程度でしたが、昭和20年代~昭和40年代に豊平町や手稲町など周辺町村との合併により、人口が増え、面積も現在の広さになりました。

 現在、日本中で地震が起きていますが、札幌の地盤もそれほど強いとは言えないので心配です。特に、北区の大部分は「畑地」でしたので、私が住んでいた頃には、30センチくらい地面を掘れば、地下水が出てきました。
 自宅の飲料水も地下から水道電気ポンプで汲み上げていました。
 しかし、札幌オリンピックに向けて、南北線の地下鉄工事が始まると同時に、自宅の飲料水が枯れてしまったのです。私が北区に住んでいた頃、自宅(北32西5)が地下鉄工事現場の近くでしたので、工事の掘削の影響により、地下水脈が変化したのでしょう。

 また、手稲区も「泥炭地」で地盤が弱く、昭和30年頃、私の親戚の大工が、請け負った工事の棟上げ式に行ったら、工事中の建物が傾いていたと述べたのを思い出します。大工が、それを見てガックリしながら一服した後、タバコの吸い殻を捨てたら、泥炭地のせいか、地面が燃え出したそうです。
 かつて畑地だった北区泥炭地だった手稲区に、現在、多くの高層マンションが建てられていますから、大地震が心配です。
 昔の札幌の地盤を知らない住民には、知らぬが仏でしょうね。

札幌市の情報公開」 上田市政になってからの積極的な情報公開が評価されている。全国市民オンブズマン連絡会議による全国の政令指定都市を対象にした総合ランキングにおいて札幌市は2004年度は前年度(桂市政の9位)から大幅に順位を上げ全国1位、2005年度は静岡市に次ぐ2位、2006年度は再び1位と評価されている。札幌市情報へ


 さて、札幌の人口は、東京以北最大の193万人と多いのですが、歴史が浅く、観光名所や特産物などは少ないのが玉にきずです。しかし、どういう訳か、札幌市の人口は増え続けているのです。
 あまりにも人口が増え続けているため、札幌市民が隣の石狩町や広島町まで溢れ出した結果、その2町が市に昇格しました。この石狩市や北広島市も札幌と同様、これといった観光名所や特産物などはありません。
 いま石狩市や北広島市は、札幌市のベッドタウンになっています。
この何もないと言うのが、広大な大自然を育むという観点から見れば、良いところなのかも知れません。

1990年代の札幌大通公園

 本州出身の人が、北海道で暮らす条件として、”厳冬期の生活に照準を合わせる”ということです。つまり北海道では、厳冬期に合わせた衣食住を中心に整えます。まず衣服や靴などの履き物は、冬用の物を揃える。住宅の断熱を整備する。クルマは4WDに買い換えるなどです。

 北海道のマイカーは、4WDが常識になっています。しかし、北海道で最初に必要な物は、”防寒具スコップなどの除雪用具”でしょうね。また、積雪が特に多い地域では、家庭用の除雪機も必要です。

 さらに北海道では、近所付き合いも親密にしなければなりません。
 首都圏では、近所付き合いがなくても生活ができるかも知れませんが、北海道の場合は、そうはまいりません。札幌のような190万都市でも、大雪の時などは、住民総出で除雪作業をおこないます。そうした中から、ご近所との人間関係が築かれていくのです。
さっぽろ昔ばなし 「60年前の記憶」
おわり
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宗教の発生と消滅
 宗教は、縄文時代よりも以前の原始無階級社会で発生しました。
それは、人間の能力では解明できない現象を全て神の業にしたのです。たとえば風の神、火の神、太陽の神、海の神、月の神、雷の神、河の神などです。 このように宗教の起こりは、人間が精神の働き自然の様々な現象といったように科学的な解明ができなかった有史以前の未開状態にあります。

 倭国(日本列島)に弥生人が到来したころから縄文時代が終焉し、奴隷制度の弥生時代に移行します。弥生時代は戦争の時代でもあったため、その頃から奴隷制度が根付き、邪馬台国の卑弥呼の時代には、中国大陸の「魏王朝」に、邪馬台国から多数の奴隷が、魏の朝廷へ献上物として送られたのです。

 やがて、中国から日本に仏教が伝来します。階級社会では、不平等な格差社会から生み出される不幸や悩みによって、宗教が存在し続けます。
特に奴隷制度が強ければ強いほど、不平等感が痛烈に感じるような状態になり、宗教はますます力をつけることになるのです。
 西洋でも、奴隷制度だった古代には、様々な宗教が発生しましたが、中世になると支配階級が宗教を利用するようになります。つまり、国王や皇帝は、神(教会)やローマ法王からの信認を受けなければ王冠をかぶれなかったのです。
 このように国王や皇帝は、神の名の基に国を治め、他国を侵略して領土を奪い、帝国を広げていったのです。

古代エジプトの奴隷
 中世におけるキリスト教や仏教、そしてイスラム教などの宗教は、圧政に苦しむ被支配者階級のために発生したにも関わらず、国王や皇帝といった貴族階級が権力を維持する為に利用し、一般庶民などの被支配者階級を抑圧するための強力な武器と化した時代だったのです。

 原始時代の無階級社会から長きにわたり、養い育てられた宗教は、現代のような民主主義の時代になったとしても、なかなか消え去りはしないのです。人々の間から、不平等感や差別意識がなくなり、不幸や悩み、戦争や災害などの恐怖、貧富の差が消え去れば、宗教は自然消滅するものと思います。

 話は変わりますが、わが国の宗教人口は、3億人ともいわれています。実際、どの程度の人が宗教団体に加入しているのでしょう。
日本の総人口1億3千万人よりも多いということは、一人が掛け持ちで加入している、もしくは宗教団体に加入していることになっているのでしょうね。
 私はどこの宗教団体にも入っておりませんが、先祖代々禅宗(曹洞宗)で葬式を出しております。私の結婚式は神前ですが結婚披露宴は洋式でした。しかし、親の葬式は禅宗(曹洞宗)で出しました。私自身の葬式もおそらく禅宗(曹洞宗)になるでしょう。

 国民が宗教のお世話になるのは、結婚式や住宅などの起工式や竣工式、七五三のお祝い、合格祈願、選挙の当選祈願などでしょう。他には、初詣やお祭りです。
 宗教団体が、お金や檀家を集めるのは自然な行為であって、それをしなければ宗派を維持できません。托鉢は修行の一環として、お釈迦さまの時代からおこなっていたようです。
 しかし統一協会や、地下鉄サリン事件のオウム真理教のように、人の弱みにつけ込みながらお布施を集めるやり方は、批判されて当然です。
 また、かつての法の華三法行、いわゆる”足の裏教足裏診断)”の場合も、宗教ではなく単なるビジネスです。人の弱みにつけ込み、信者に借金までさせて、お金を巻き上げるとは絶対に許せませんね。健康のためには宗教に頼らず散歩をしたり、「青竹踏み」で足の裏を刺激すればよいのです。
 宗教に限らず、詐欺などに引っかかりやすい人は、意志が弱かったり、自分の思想信条を持たない人に多いものです。
 ところで統一協会は「産学協同フォーラム」など、公的な組織と紛らわしいな組織を作って、産官学界に進出を図っているようです。
いずれにしましても、宗教は様々な団体に形を変えて迫ってきますので、弱みにつけ込まれないように注意すべきと思います。

 青森県には、映画「八甲田山」で有名になった田代温泉や十和田湖には何度も行きました。数年前、結婚式に招待され、青森空港からバスで弘前市内に向かう途中、面白いといいましょうか、珍しいものを見てしまいました。
それは、ある社(やしろ)の両側に、こま犬ではなく、馬の石像を対にして置いてあったのです。”狛犬”ではなく”狛馬”ですね。
私は、披露宴の祝辞を頼まれていたため多少緊張していたのですが、それが多少ほぐれました。
おわり
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霊魂と宗教と転生について
 私がいつも思うことですが「霊魂」は宗教の分野ではないと思うのです。それでは何の分野と聞かれても私には分かりません。だから霊魂なのです。私は霊魂を、医学や生体など、科学の分野であると思うことさえあります。
 私は宗教を信じていませんが、結婚式では神仏に対して誓約したり、葬式や法事には、禅宗の僧侶にお願いしてお経を上げて頂いております。
また、クリスマスにはケーキを食べながら乾杯し、正月には、神社に初詣に行って願いをかけたりします。

 以前、青森県の「恐山」に一度旅行したことがありますが、血の池地獄賽の河原などがあり、なんとなく辛気くさくて、あまり気持ちが良いところではありませんでしたね。しかし温泉が湧いていましたので、一風呂浴びました。 良い湯でしたよ。

恐山 伽羅陀山菩提寺

 その恐山では、死んだ人の霊を呼ぶという「イタコ」が有名ですが、あれは眉唾物ですね。また、東北弁特有の”なまり”があるので、呼び出される霊も迷惑していると思います。
 冗談話ですが、東北弁のイタコに、死んだ父親の霊が乗り移り「おらは、すんだ(死んだ)、おめのとっちゃやんす」なんて言ったら、父親の霊に「なにナマッているんだよ」と叱られるかも知れません。

 さて、宗教では、よく「死霊」と「生霊」という言葉を使いますが、死んだから「」と言うのではないでしょうか。しかし「三つ子のたましい百までも」という言葉がありますので、生きていても使うのかも知れません。
 「霊魂」の問題は難しいですね。霊魂が「元素」のように存在するかどうかということが分かりますと「転生」があることが分かると思います。
 ある学者の話ですが、人が死亡する”直前”と”直後”の体重を測定したところ、死亡直後では体重が数グラム減少していたそうです。
 この差が「霊魂の重さ」であるそうですが、私には、人の体重というものは刻々変化しているので、この説は信用していません。逆に考えますと、妊婦の体重が急に変化したときが胎児に「霊魂」が乗り移った時と考えることもできると思います。
 また、 ある学者の説では「世界全体は物質から成り立ち、この物質はその存在そのものに時間と空間を備えているわけですから、物質の世界は時間的にも空間的にも無限で、これ以外に別の世界があるとは考えられません」と言います。
 また、ある学者は「物質は不滅で、身体という物質の組織があり、身体の組織が破壊されれば精神は消滅しますが、身体をつくっている元素はなくなりません」と言います。
 つまり、前者は、「第3の世界は存在しない」と言い、後者は身体が消滅しても、その元素は残ると主張し、「第3の世界が存在する」という余地を残しています。私は、どちらかというと、後者の説「第3の世界が存在する」を信じています。

 私はこの「第3の世界」とは霊魂の世界であると思います。
 人間の目で見える波長は有限です。人間の目には見えなくても、存在する物が多数あります。たとえば、電磁波や超音波あるいは炭素、水素、酸素などの元素で目には見えません。放射線も目には見えません。

 私は「霊魂が元素となって時空をさまよっている」と思うのです。したがって、霊魂は、人間や動物、鳥や魚、虫など全ての生物が、生まれてくる新しい生命と結合して「転生」すると考えています。
例えば、私の前世はイノシシだったかも知れませんし、来世は小さい虫に生まれ変わるかも知れません。

 霊魂に数があるとしたら、相当な数であると思います。人間一人についても、身体には多数の細菌が生息しているので、魂は無数にあると思います。しかし、宇宙や地球から見れば、人間自体が細菌のようなものです。
 人間の「意識」はどこにあるのかと聞かれますと、大抵の人は、「」にあると答えると思います。たとえ、目では見えなくても脳で見ることができるのです。例えば夢です。
 しかし人間が死んだ場合は脳も死にますから、当然、意識などありません。まして、火葬されて骨や灰になってしまいますと、「脳」の存在そのものがこの地上から消えてしまいます
 宗教は、死後の世界を説きますが、死後の世界というものは、元素化した霊魂の世界のみであると思います。
 従って、そこには、宗教で説かれている天国や地獄極楽浄土などは、絶対に有り得ません。あらゆる生物が死ぬと、その「霊魂」は地上で浮遊しながら新しい生命体の誕生を待ちつづけ、「転生」の機会を伺っていると思うのです。その期間は数年か、数十年か、あるいは数百年、数千年後かも知れません。
 しかし、たとえ「転生」するために、数千年の期間を要したとしても、霊魂には意識がないので、時間の進行はまったく感じないのです。たとえば、私の前世は、2000年前の弥生人だったかも知れないということです。
おわり
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食人鬼
 私の小学生時代、ある女の子と登校するのが楽しみでした。
何故かと言いますと、その女の子が話してくれる怪談奇談が楽しみだったからです。その中から、特に怖い話を紹介します。

【怪談奇談】
 修学旅行から話が始まります。今日の宿はお寺の宿坊でした。
そこでみんなは、墓地一周の度胸試しをすることになりました。最初は太郎君です。太郎君が提灯をもって、おそるおそる墓地の入り口に来たとき、どこからか、誰かが何かを食べているような音が聞こえてきたのです。
 そこで、太郎君が、音のするほうに行ってみましたら、恐ろしい顔つきをした食人鬼が人肉を食べているのです。
 それを見た太郎君はびっくりして、這いずりながら逃げ出しました。その後から食人鬼が、ものすごい勢いで追いかけてきました。
 太郎君は、ようやくクラスメイトがいる寺の宿坊にたどり着き「たいへんだ食人鬼がやってくる」と皆に知らせました。

「(図鑑)怪談奇談」表紙
 クラス全員は、食人鬼に分からないようにしようと考え、電気を消して、布団に潜り込みました。しばらくして食人鬼がやってまいりました。
 そして太郎君を見つけだしました。とうとう太郎君は、食人鬼に食べられてしまいました、とさ。【おわり】
さて、ここで問題です。
「食人鬼は、どうやって太郎君を見つけだしたのでしょう。」
●答え:女の子の話によると「太郎君だけが”心拍数”が高かった」からだそうです。
おわり
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宗教と政治と人生観
 広い世間には「宗教も政治も”社会の幸福”を追求する事においては同じ」と仰る人がおります。私も、そう思いたいのですが、宗教にしても政治にしても党利党略、私利私欲を追求しているように見えて仕方がないのです。
 昔は「祭政一致」などといわれて来たように、政治は「祭事」。つまり、邪馬台国の卑弥呼の時代から「宗教に頼って行われるべきもの」とされていたのですが、現在では、そういう形を表だって取っていませんね。
 体制として、我が国は良い方向に向かっているものと思いたいのですが、原発事故以来、日本は狂ってしまったようです。
 福島第一原発の作業員が不審死しても検察機構は動きません。それどころか、警察は放射能を撒き散らしている加害者である東電を守り、それに抗議した被害者の国民を逮捕しています。大本営発表や原発安全神話のように、ウソを突き通して国民を騙す時代は終わりにしたいものです。
 さて、私の知人に、モルモン教信者がいるのですが、その宗教の戒律を守らず、また神に感謝することも殆どありません。
その宗教では、タバコや酒、コーヒーも禁止され、収入の10パーセントを寄付として教会に納めることになっております。しかし、その知人はタバコはプカプカふかしますし、毎日晩酌もしています。
 晩酌の後には、テレビを見ながらコーヒーを飲んでいます。お布施(寄付)は、収入が少ないという理由で納めていないそうです。
 私はその知人に会う度に、戒律を守らなければ、バチがあたるぞ!と言って上げてるのですが、笑い飛ばされます (^^)。
 このように戒律を守らない人にとって、宗教というのは単なる気休めであると思うのです。

 けれども、誰も彼もが皆、一貫した方針のもとで自分の生活態度を決めているとはいえないようです。人びとの中には、ある時は馬鹿におおらかにかまえているかと思うと、時には、ひどくケチくさく、コセついて振る舞うとか、殊勝な信心家とみえる人が、実は腹ぐろい人間として表れたりするということもあると思います。
 そのような人たちは、一つの人生観ではなく、いろんな人生観をゴチャゴチャにもっていて、必要に応じて、都合良くあれこれでてくるのです。
 世間には、こういう人が決して少なくないものです。
 いろんな人生観を、時と場合、自分の都合によって使い分ける人は、世間的には良いふるまいができるという利点をもっているようですが、他方では、どうもあの人間は信用できないというように、人から見られるという欠点も持たざるをえないでしょう。
 しかも、人間が生きていく道に、そんなに異なった真実の道があるわけではないので、一貫した人生観でやっていかなければ、ムダな生活に時を費やしてしまうことになるわけです。
 こういうことが分かりますと、何としても、しっかりとした人生観を持つことが大切だと考えなければならないと思います。
おわり
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辛かった宮仕え
 大学に在職当時、宮仕えをしていて時々疑問に思うことがありました。
それは、助手(現在は助教)から直接給料を貰っているわけではないのに、何故その者の命令に従わなければならないのか、ということです。
 そもそも助手は教育職であり、技官の私は行政職ですので職種が異なり指示命令系統も異なります。
当時、助手の上司は「教授そして学部長」であり、技官である私の上司は「総務課長そして事務部長」になります。
 但し、私と助手とは同じ研究室ですので、教育研究に関する指示命令は教授が行います。
 教授からの指示命令と申しましても「お願い」という形で仕事が与えられます。例えば、「石川君、このような実験装置を設計できませんか」とか「実験してデータを取ってくれませんか」といったようにです。
 実験装置を作ったり、実験データを取る場合には、夜中の12時までかかったり、徹夜になることも多々ありました。当然、残業手当などは付きません。
(在職時)
製作したマイクロプロセッサーボード
自作したAD/DAコンバータ用の集積回路
 これらを考えますと、当時、いかに自分を殺していたかという事です。
クレージーキャッツの植木等の歌「サラリーマンは気楽な稼業ときたもんだ」というのは昔の話で、サラリーマンは「心身を削る稼業」になっていました。
 時々私は、少年時代に夢見ていた「電気屋」さんでも開業したいと思いましたが、商売や金儲けは苦手です。
 また、テレビやラジオを修理してまで使う時代が終わり、電化製品が壊れたら、修理に出さずに買い換えるという時代になっていました。
 しかし、何か社会の役に立ちたいと、いつも思っていましたね。そうしているうちに定年退職になってしまいました。
おわり
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医療費問題
<大病院の初・再診料が値上げされる>
 予期せぬ病気や病弱で通院している方、そして入院されている方には、医療費の値上げは本当に堪えると思います。だいたい、厚労省官僚の汚職や天下り、そして薬価や検査料などをそのままにしておきながら、医療費だけを値上げするというのは到底納得できません。

北大病院全景

 現在でも、サラリーマン本人3割負担と医療費の値上げが実施されており、多額のお金がなければ病院にかかれないという事態に陥る恐れがあります。これでは、まるで江戸時代に逆戻りではないかと思います。
 10年ほど前、娘が交通事故に遭い、頭部を打ったので、札幌医大付属病院の「外来受付」に行きますと「交通事故の場合、医療費の支払い者が分からなければ診察できません」といわれ、何も診療してもらえなかった事があります。

抑制できない医療費
 税金は上がる、医療費が上がる、公共料金も上がる、上がらないのは給料くらいでしょうね。
 しかし税金や公共料金の値上げの場合、家計の支出を抑制することで、ある程度の対策が可能ですが、病気を抑えることはできないので、医療費の値上げの対策はできません。特に心臓病や高血圧症などの慢性病を抱えている方には深刻な問題です。
北大病院横の母子像

財団法人協斉会(北海道大学病院)が創立65周年を迎えた昭和61年(1986年)11月22日に建立し寄贈したもの。作者は本田明二。
「全身の愛と力を両腕に込めて、いとし子をしっかりと抱くその姿は、訪れる人たちや患者の心を強く引き付ける。」と説明版にある。
着衣の母親が膝をそろえて腰かけ子どもを抱く母子像のフォルムはめずらしいといえる。幼子が母親に甘えるかのように首を母親の方に傾けている。安定感があってみるものにほのぼのとした心の落ち着きをあたえている。
母親の顔には、本田明二作品ならではの雰囲気がにじみ出ている。(松原安男)

 この際、各病院で「医療費の超特価キャンペーンでもやったら」と思うこともあります。また薬品会社は「薬品のバーゲンセール」を実施するのです。市販薬の場合「薬のツルハドラッグ」などでも安売りしています。
 私が行きつけの病院では、患者に中元や歳暮を配ったりしています。そこまでしなければお客(患者)が他の病院に離れていくのかも知れません。

 ところで、病院に行くと、女性の患者が多くて「ここは婦人科ではないかな」と勘違いすることもあります。
 私の母も、札幌市西区の病院を中心に、診察券を何と30枚以上持っていました。いやあ驚きましたよ。整形外科の診察券が多かったですね。
 男性よりも女性の方が長寿であるのは、女性は日常的に、健康に気をつけていることが理由と思います。男性も健康の為に、大いに病院に行き、長生きしましょう。

<高い手術代>
 高齢者の場合、手術代も高いですね。母が「背骨の手術」をした時には、444万円もかかったようです。また、叔父は「心筋梗塞」の手術に、720万円もかかりました。しかし高齢者であるので「自己負担はゼロ円」だったので助かりました。

 更に医療費が高額なのは、私の父のような「透析患者」の場合ですね。
透析病院では、1回の透析に3万円くらいの経費かかるようですから、父のように週3回の透析の場合、1ヶ月で36万円、1年で432万円になります。
 私の父は、透析を始めてから10年目で亡くなりましたので、透析だけで、4,320万円もかかった事になります。
他にも、人工透析のシャント手術が数回、心筋梗塞の治療そして長期の入院費などを含めると、父の10年間の治療費の合計は、5,000万円~6,000万円もかかっていたと思われます。しかし当時は透析患者の自己負担はゼロ円で、全て健康保険から支出されていたわけです。組合員の皆様には、本当に感謝しております。
おわり
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ダイアナ
 私は、まず「ダイアナ」といえば、ポールアンカの唄の題名「Diana」を思い出します。次に思い出すのは中学時代の担任の先生です。
 なんで?と、思われるかも知れませんが、その答えを話します。
ダイアナというのは、その担任の先生の「あだ名」だったのです。その由来は、鼻の穴がデカかったから「大穴(ダイアナ)」と呼んでいました。
 ある日の昼休み、教室で同級生と「ダイアナ!、ダイ穴!」と、ふざけていましたら、ちょうどその担任の先生が来て「いまダイアナと言った者は前に出なさい!」と言われたので、クラスの半分近くの生徒が前に出たのです。
 そして、担任の先生から「何故、ダイアナと言うのか理由を言いなさい」と質問されました。
私は「ポールアンカの歌の題名かと思いましたが、まさか先生の”名前”とは知りませんでした」と答えてしまったのです。
 いやあ、私は「先生の”あだ名”」と言うところを「先生の”名前”」と言ってしまったため冷や汗がでました。そして、とうとう私は職員室に呼ばれるハメになってしまい、1時間くらい説教されました。
 話は変わりますが、 1997年8月に、交通事故で亡くなられたダイアナ元英国皇太子妃はお気の毒でしたね。しかし普段から、あまりにも目立ちすぎたのが命取りになったのではないでしょうか。また、美人に生まれた宿命かも知れません。
 古くは、クレオパトラや楊貴妃も短命で、いい死に方をしなかったですね。
(C) 20th Century Fox
Cleoptatra enters Rome in the 1963 movie Ceopatra
エリザベステーラー主演 
映画「クレオパトラ」ローマ入城より
おわり
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エアコン
 北海道のような厳寒地に住んでいますと、時々、暑い夏場が恋しくなるものです。北大に在職していた頃、出張でよくお伺いした調布の某大学では、クーラーやエアコンを使いすぎると「節電に協力して下さい」というように、学内放送されていました。
 このような規制は、会社関係でも同様と思われますが、問題は規制が行き届かない一般家庭のクーラーやエアコンと思います。
 首都圏では、夏場、毎日のように30度以上に気温が上昇しますと、電力消費量が極端に増加して変電所がパンクするかも知れません。それよりも、この蒸し風呂のような暑さで、よく生きていられますなあ、と思うのです。
190万都市 札幌の夜景
(北区、北海道大学方面)藻岩山山頂から撮影

 北海道のような厳寒地では、寒さは衣服を着込めば、ある程度凌げますが、首都圏の暑さは衣服を脱いでも凌げません。
また、脱ぐにしても若い娘さんならともかく、年寄りの場合、ヘソを出すわけには行きませんので限界があります。その点では、北国は住みやすいと思います。冬季間は、毎日のようにスキーが出来ますしね。
朝焼けのニセコアンヌプリ
(蘭越町湯里・ニセコ山荘から撮影)

 札幌は、豪雪地帯であるにもかかわらず、人口が多くなりすぎたのが問題です。私が子供の頃はまだ40万人程度だったのですが、現在は約190万人以上というように、人口が増加しており、更に増え続けているようです。
 自然を守るためにも、人口の増加を抑える必要があると思います。
この際、以前合併した、豊平や手稲などを、札幌市から分離するのも一手段だと思います。
おわり
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住んでみたい町
 以前、テレビの番組で「住んでみたい町」について視聴者からアンケートをとった結果、1位が京都、2位が鎌倉、3位が仙台、そして4位が札幌でした。その理由は「豊富な自然」ということでした。

 私は、札幌にしか住んだことがないので、他の町のことはよく分かりませんが、自然が豊富であることは確かです。
しかし、昭和の30年代初期まで、畑の真ん中に小学校があった子供の頃と比べると、いまの札幌は190万都市になり、自然がかなり失われてしまいました。物不足の時代であっても、子供の頃の札幌は住みやすかったですね。

190万都市札幌

 夏場、札幌では、昼間の気温が30度以上になったとしても、夜間は20度前後にまで下がりますし、湿度も低いので、夜、寝苦しいということはまずありません。過ごしやすいことも、住んでみたい町として挙げられるようです。
 また、水も美味しいのですが、キタキツネによるエキノコックス病が問題となっております。時々、ヒグマやエゾシカ、キタキツネが、周辺の山から住宅地まで下りてくると言うことは、自然が破壊されて、餌が少なくなっている証拠と思われます。
おわり
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国立大学の独立行政法人化
 国立大学の独立行政法人化は、大学改革の論議とは全く別に、行政改革の流れの中で突如対象となったと思われます。
これは、長期展望に基づく教育政策の裏付けではなく、行政改革推進の数合わせに利用されたと言っても過言ではありません。
つまり、当時の自公保連立政権は、公約実現に向けて数合わせに四苦八苦しており、国立大学は甘い果実に映ったとの指摘もありました。

北大工学部(五月)

「大学の独立行政法人化の問題点」
 当時、大学の独立行政法人化は、大学の独立性が高まるとともに個性を発揮できるのではないかという意見がありましたが、次のような問題点があったのです。
 1.大学の自治の根幹に関わる問題である。
 2.大学の教育・研究とは、大学自らが企画立案し行っていくものであり、それ以外の形はない。
 3.評価委員会の構成員の不明さ、さらに総務省の審査があり、国家権力による大学に対する介入が見え見えだった。
 ●通則法の問題点
 ① 学長の任命権は主務大臣がもつ。
 ② 3~5年の中期目標の設定、大学の改廃措置と関連。
 ③ 中期目標の達成度の度合い、評価委員会や総務省が判断。

「独立行政法人化の問題点を個別法で穴埋め」
 文部省(当時)は、大学の独立行政法人化による「問題点を個別法で穴埋」するのではないか、という憶測がありましたが、これについても次のような反論がありました。
 1.個別法は通則法の枠内である。
 2.特例法の形なら検討の可能性があるが、それは独立行政法人と呼ばれないものになろう。
 3.なぜ独立行政法人化という教育政策不在の方策で、手を着けねばならないのかという無力感。これはモラルの低下を招く。

総務省からの夜景

「国立大学は聖域か」
 国立大学が聖域でよいのかという意見もありましたが、行政改革で聖域化されたのは、むしろ中央官庁のほうです。特に、改革されなければならなかった「総務庁は、総務省に昇格」したのです。
 国立大学の独立行政法人化は、官僚の一人勝ちに終わった行政改革から、人目をそらす口実でしかないという意見が多かったということです。
おわり
目次
これからの大学
 最初に、最近、話題になっている大学生の学力低下の理由を述べたいと思います。確かに平均点では、10年前のほうが高いのですが、この理由は、優れた人がいなくなったのではなく、少子化のため、同じ世代の若者が減少した為に「競争倍率が低下」し、更に「進学率が増加」したのが大きな原因と思います。
 これが悪い傾向とは言えませんが、大学生の学力低下のみを大きく捉えるのであれば、その背景を考えなければダメだと言うことです。

北大工学部(昨年5月撮影)

 現在、大学において、研究機能は大幅に高くなり、ほとんどの国立大学が大学院大学へと変貌してきました。
 また、多くの教官は、完全な国際競争力を保持し、世界に進出しております。しかしながら「大学が就職のための機関」となっており、入ることと出ることの役割しか評価されていないのが現状といわれております。

 これからの大学は、「年齢に関係なく、幾つか学びたい学問だけを選択できる多様な大学」が必要という意見が少なくありません。
例えば、社会人の定年退職後も高い教養を身につけるために、大学および大学院への進学を推進させることが重要と思います。

北大工学部
講義室

北大工学部
玄関ロビーから続く廊下と公用掲示板

 次に、「官僚の学歴」について一言。
 我が国では昔から東大法学部が高級官僚養成マシーンといわれております。しかし、東大法学部卒というのは学歴というよりも、単なる「ブランド」と言ったほうが相応しいかも知れません。これは、日本人のブランド志向が最大の問題なのです。
 外国の多くの高官は博士号を持っています。それと比べれば、日本の官僚は、「日本では”最高”学歴」かも知れませんが、「世界では”最低”の学歴」しか所持していないのです。
 修士や博士コースで学ぶ過程で官僚になるにしても、その志の中身は違ってくるはずというのが、蓮見重彦先生のお言葉であります。
おわり
目次
バイク事故
 私は30年ほど前に、バイクで通勤していたことがあります。朝夕のラッシュ時間帯は、車が混んでいて非常に危険を感じました。
 また、交通事故に遭ったことも2回ほどあります。1回目は、旧5号線の「交番の前」(現在の西友札幌西町店の付近)、2回目は「札幌トヨタ自動車の前」でした。
 1回目の時は、旧5号線を直進していた私のバイクが、「交番の前」で右折車と衝突したのですが、かすり傷程度で済みました。
 もしも、打ち所が悪ければ、指の2~3本は失っていたものと思われます。
 この時、事故処理に来た警察が「私のバイクが事故の原因」のように言っておりました。また警察官から「人身事故にすると貴方が罰則を科せられます」と言われました。しかし私は直進車で、優先と思い不満でした。

 2回目の時は、1回目と同じ旧5号線で「トヨタ自動車」の前でした。その時は、直進していた私のバイクが、トヨタ社員運転のクルマに衝突されたのです。私のバイクは、横からぶっつけられたため横転しましたが、その時もかすり傷程度で済みました。
 この時、事故処理に来た警察官は「トヨタ自動車社員のクルマが事故の原因です。人身事故になるとトヨタ自動車の社員に罰則が科せられます」と述べましたが、私はかすり傷程度でしたので、人身事故扱いにせずに、札幌トヨタ自動車側にバイクの補償をして貰うことにしました。
 1回目も2回目も、衝突した場所が多少違いますが、状況は同じようなものです。それが、何故、交番の前で衝突した時には、私が事故の原因になり、トヨタ自動車の前で衝突した時はトヨタ自動車社員が原因になるのでしょうね。今でも疑問を感じております。
 私のバイクの修理にも1ヶ月以上日数がかかりました。なかなか修理が出来てこないため、自宅近くの札幌トヨタ自動車の社長宅(現・相茶取締役名誉会長)にも電話をした結果、ようやくバイクが元通りに直って引き渡されました。
 その社長の後継者が、現在の「札幌トヨタ自動車 代表取締役会長 相茶俊介氏」なんですが、彼は北大工学部に在学当時、私が代表を務めるサークル「北工会レコード鑑賞会(当時)」の中心メンバーだったのです。
彼は当時、オーディオに熱中していて、活発に活動しておりました。
その頃の「小話」は、後日述べたいと思います。
おわり
目次
とっつぁんバイク
 新聞配達や郵便配達が、ツルツルの雪道を50ccの「とっつぁんバイク」で走っているのを見かけます。
 よくまあ、滑るのも、おっかながらない(方言)で走るものだと半分は感心し、あと半分は迷惑を感じております。
 その理由は、もしも、そのバイクが目の前で転倒されて、それをクルマで轢いてしまったら、業務上過失致死罪や致傷罪になるからです。
 雪道の、特にアイスバーン状態でのバイクの運転はやめて貰いたいものです。これは自転車も同じです。特に自転車の場合、2輪車用の滑り止めを付けているかどうか疑問を感じます。これがなければ違反でしょうね。
おわり
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交通違反の反則金を10倍に
 先日も、駐車違反取り締まりの光景を見たのですが、どしどし検挙すべきと思いましたね。それにしても、駐車違反の反則金は安すぎると思います。
その理由ですが、違反車両は片側2車線の場合、1車線を占有しているに等しいわけですから、断固とした対応が要求されると思います。
 また、駐車違反のドライバーは「故意」に違反するわけですから、無意識のうちに違反する(場合が多い)スピード違反よりも、たちが悪いと思います。 私は、駐車違反やスピード違反のドライバーには、現在の反則金制度を取りやめ、現行の10倍以上の「罰金」を科すようにすべきと思います。
 そうでもしなければ、交通違反や交通事故は一向に減らないと思いますし、安心してクルマを運転することはできません。

2000年の段階で、我が国における車の保有台数は、約9千万台、運転免許保有者は、実に7千万人に達したと言われております。
 交通違反の反則金は、交通反則告知件数(青キップ違反取締り件数)が、毎年、約8百万人というように一定しており、その理由として、反則金収入が、今や国の重要な財源になっているようです。
   この8百万人から徴収した反則金は青キップですから、せいぜい一台当たりの駐車違反、普通車15,000円で、反則金収入は1200億円(普通車のみの場合)くらいにしかなりません。
 そこで、駐車違反の反則金を現在の10倍にすれば、国への税収が増え、赤字国債などの穴埋めになるのではないかと思います。

 あるいは、反則金を「従量制」とする方法もあります。
現在は、駐停車違反や駐車違反の反則金は「定額制」であり、5分でも1時間でも、反則金の金額に変わりはありません。同じ違反でも不公平です。
 そこで例えば、反則金を、駐車違反を現認してから1分経過する毎に、1,000円ずつ増額していくというように「従量制」とするのです。
この結果、迷惑駐車が解消されて、交通事故が減少すれば、税収も増えて、一石二鳥です。まあ、反対者が多いと思いますが、迷惑駐車を根絶する一つと方法と思います。
おわり
新しい駐車禁止違反と罰金について
目次
時差出勤
 冬場、降雪量が多いときは、必ずと言って良いくらい道路が渋滞しております。昔から、時差出勤という話が出ておりましたが、一向に導入されないのは何故でしょうか。
 サラリーマンの休日の日までも、官と民は大体同じです。
 少なくとも、一般企業と官公庁で時差出勤を導入したら、道路の渋滞や地下鉄などのラッシュが緩和されるのではないかと思います。
 例えば、一般企業の勤務時間が午前9時からとしたら、官公庁は午前8時からという具合に、1時間くらいの時差出勤にするのです。
 こうすることにより、渋滞が緩和され、エネルギーの無駄を省き、クルマの排気ガスなどが減少し、少しは公害が防止されるのではないでしょうか。しかし、昼間でも道路が渋滞している現実を見ますと、時差出勤だけではなく、マイカーの市街中心部乗り入れの禁止や通行税というのを徴収するのも渋滞緩和の一つの方法と考えられます。
 イタリアのフィレンツェでは、バスの市内通行税を取っています。
これは観光目的だけかも知れませんが、日本でも市内中心部では、時間帯によって、一般車両にも市内通行税を課すべきと思います。
おわり
目次
学生の個性
 北大に在職の時いつも思っていたのですが、1960年代の大学紛争時の学生と比べますと、最近の学生には個性が感じられません。
また、学生の資質が、ほとんど平均化されてしまっているように思えます。いまもそれほど変わらないでしょう。世間でも言われているように、他力本願で、一人では、何もできない学生がほとんどと思われます。

 あるいは「仲間同士で行動しなければ浮いてしまう」と言う考えがあるのかも知れません。私が若い頃は「正しいと思ったことは一人になっても完全にやり抜く」という、いわゆる「一匹狼」的な学生が多かったわけです。しかし、大学側から見れば、そのような個性的な学生は、非常に指導しにくかったと思われます。
 現在の学生は、ろくに挨拶もできない者が多いです。
少なくとも「お早うございます」くらいできなければ、近所付き合いや就職してからの勤務にも支障を来すのではないかと思います。
 学生の多くが、世間の人とまともに会話が出来ない一つの理由として、いつも受け身で、コンピュータばかりを相手にしている事が根底にあるのではないかと思います。
 つまりこれは、コンピュータ(機械)とばかり会話して、人間と会話をすることを忘れてしまっているのではないかと思います。恐らく、就職した場合も上司や同僚との会話や、更に窓口業務や営業にまわされた場合、非常に困ると思いますね。
おわり
目次
消防士に殴られた子供
 私が小学生の頃(昭和20年代)、自宅向かいの桑園市場(当時)でボヤ騒ぎがあったのですが、その時、野次馬の中に、私よりもちょっと大きい中学生くらいの子供がいて、その火事を見ながら「ニヤニヤ」と笑っておりました。
それを見た消防士が、「何が可笑しい!」とその中学生を殴ったのです。
私はビックリしましたね。
それ以来、私は消防士って怖いんだという認識を持ったわけです。
 それから約50年、私の自宅近くで、ガス爆発による火災が起きたのですが、その時、消防士が「ニヤニヤ」と笑いながら消火活動をしていましたが、これは許されるんでしょうか。
 また、その火事を見ていた近所の奥さんの話によると、消防車が「梯子を積んでこなかった」そうで、消防士が梯子を探しに火事場近くの住宅を一軒一軒回っていたそうです。
呆れて物が言えませんね。
おわり
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同世代の消息 
 私くらいの年齢になると、その昔、何かの縁があって想い出として残っている同世代の消息が気になるものであります。
私が、まだ3歳くらいの頃の話です。ある日、母親とカルタやトランプ遊びをしていたとき、玄関をガラガラと開けて、私くらいの子供を連れた母子が来て「何か食べる物を下さいませんか」と訴えるのです。
 いわゆる、当時の言葉で「物もらい(乞食)」なんですが、戦後の混乱期から数年経過しても、立ち直れないで乞食や物もらいをしながら生活をしている人々が多く、まだ、戦時中の傷跡が癒されていなかったのであります。
 私の母親が、おにぎりを作って、その母子に与えていた光景が目に焼き付いています。いま思えば、その物もらいの母子は、貧困生活をしていた私と母よりも、良い着物を着ていたのが何となく印象的でした。当時、私の母親の年齢は21歳でした。
(昭和25年3月頃、札幌市北4条西20丁目 電停付近)
自宅前から父が撮影

 私と同年代の子供の中には、知的障害者の子供もいました。その頃は施設も充実されておらず、その子供が、よく自宅の近くまで遊びに来るのですが、近所の子供達は相手にしませんでしたね。
 ある日、私はその子供と水鉄砲で遊ぼうと思い、自宅の近くまで誘ったのですが、保護者がスクーターでやって来て連れて帰りました。その保護者、私に何か言いたそうでしたね。その子供も、健康であれば、私と同じくらいの歳になっていると思いますが、元気にしているかどうか、消息が気になるものであります。
おわり
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マグロ
 戦後の混乱期は自殺者が多かったですね。当時は生活保護といった制度もありませんでしたので、将来を悲観しての自殺が多かったようです。
戦後、多くの国民は、食べていくのでさえ困窮していた時代でしたので、食料品の買い出しの日々だったようです。また、ヤミ米も横行し、警察に見つかると没収されたそうです。
 私の母が言うには、叔母の家から貰った米でさえ、警察に没収されたそうです。母はいま「あの米(没収された米)は警察が食べたんでしょうね」と言っています。戦後の混乱期に、ヤミ米として没収した米は、いったいどこに消えたのでしょうね。
戦後の混乱期 食料品の買い出し風景

 さて、戦後の自殺と言えば、鉄道自殺が多くて、鉄道公安官だった父親は、その度に現場検証に行ったようです。現場は、機関車と客車の車輪で、細切れにされた死体が横たわっており、丁度、「マグロ」の刺身のようだったそうです。

 それで、父親は、鉄道自殺があれば「マグロがあがった」と呼んでおりました。以前、桑園駅の近くの「開かずの踏切(現在は高架で踏切はありません)」に、お地蔵さんが立っておりましたが、それは、鉄道自殺者を供養するために建てられたそうです。
 父親は、それから間もなく、鉄道公安局から札幌駅勤務に移動しましたが、酷たらしい自殺者の遺体を見るのが辛かったのかも知れません。
しかし父親は、戦時中、中国で敵を7人殺したと豪語していましたから、死体を見ることには慣れていると思うのですが、同胞の場合は別なのかも知れませんね。
 同胞でも、搾取する者、される者、騙す者、騙される者、殺す者、殺される者・・・このような事を思えば、とても同胞とは思えない人間が多すぎます。もっと、平和で豊かな社会を築くために、公正に、清く正しく美しく、生きていけないものでしょうか。
おわり
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自殺者には厳しい大学
 以前、京都・小学生殺害事件の被疑者が、マンションから飛び降りて自殺したという事件がありましたが、被疑者は高校を卒業させられた事に不満をもっていたようですね。
 ほとんどの生徒は、単位が足りなければ、卒業できないことを悩むはずです。しかし被疑者はその逆で、卒業したことを悩み、中退にしてもらえなかったことに不満を抱いていたようです。私にはその心境が分かりません。
 かつて、私の周りにも、単位が取れないことを悩んで自殺した学生がおりました。自殺の要因は、ただそれだけではないと思いますが、少なくとも単位が足りなくて卒業できないため、希望していた会社にも就職が出来なかったことが大きな要因になったと思います。

北大工学部の噴水

その学生が自殺する前、私にこんな質問をしました。
   「生きていて何か良いことありましたか
私には、質問の意味がよく分かりませんでしたが、子供の頃の貧困生活と青年期の大学闘争を思い起こし、
   「生きていて良いことよりも、辛いことの方が多かったと思います」 と答えました。
その後、その学生は、大学を休むようになり、海水浴シーズンが終わったある日、石狩浜の番屋で首を吊って自殺しました。残念なことです。一番ショックを受けたのは、指導教官である教授でしょうね。
学生が自殺したことについて、ある就職担当教授は「学生のうちに自殺して良かった、もし就職してから自殺でもされたら、会社に迷惑をかけることになった」等と冷たく扱っておりましたね。

はまなすの丘公園と石狩浜
 なんとまあ、厳しいお言葉でありました。
その後、教授会は、自殺したこの学生について「かつて母親も精神を患い自殺しているため、学生も精神的に異常だった」という結論を出し、指導教官の教授に対しては、何のお咎めなしとなりました。
おわり 
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親の仕付
 最近、話題になっている、青少年による凶悪事件などを見ますと、どうも「親の仕付」がなっていないような気がしてなりません。また、変な仕付をしますと、トンでもない人間が出来てしまうと言うことでしょうか。
 人は皆、生まれながらにして平等であるはずですが、子供は、親の収入や生活環境によって、どうしても影響を受けてしまいます。
 古今東西を問わず、ある人は栄華栄達を成し遂げ、ある人は借金地獄で苦しみます。額に汗して働く者が報われる社会になって貰いたいものです。
 親の仕付けの極端な例として、昔、戦後の混乱期を舞台にした「この子の七つのお祝いに」というサスペンス映画があったのを思い出します。
この映画、親の仕付という観点から捉えると、充分に有り得る物語かと思います。
この子の七つのお祝いに (1982松竹)予告編
とおりゃんせ とおりゃんせ ここはどこの 細道じゃ...母から娘へ
一枚の手型が奏でる"殺し"の子守唄。
●原作 斎藤澪 ●制作 角川春樹 ●監督 増村保造
 ●主演 岩下志麻

(あらすじ)
 ある少女が、母親から毎日のように「お前の父親は悪い父だから、私が死んだら仇を討っておくれ」と言われながら育ち、そして母親は自殺してしまいます。成長した女性は、連続殺人を起こします。
そして、本当の父親が現れたとき、女性は、亡き母の遺言通り、父親を殺そうとしますが、真相を聞かされ・・・。
 この映画では、自殺した母親の本当の子供は、戦後の混乱期に「ネズミにかじられて死んでしまった」という設定ですから、その頃の状況が分かるような気がします。(最近、福島第一原発の停電もネズミが原因だったようですが、まるで戦後の混乱期並みですね)
 私が、超貧乏生活の環境で生まれ育ったのも、戦後の混乱期でした。
私の母親に聞かされた話ですが、なんと、小さいネズミが布団の中に潜んでいて「赤ん坊の私の隣に寝ていたそうです」そうです。
母親はビックリして、そのネズミのしっぽを持って叩きつぶしたそうですが、いやあ、昔の母親って強かったんですね。
おわり
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若い頃の苦労
 子供の頃の貧困生活、そして青春時代の大学闘争といった苦労をしてくると、歳を取ってからの苦労は何とも思わないものです。
私が若い頃は、新聞配達、電気店や駐車場での作業員、道庁や市役所・新聞社でのアルバイトなど、どのような仕事もやってきました。
革マル派に封鎖された北大図書館
(1969年9月8日 撮影:石川栄一)
図書館の玄関ロビーには、閲覧室の机や椅子が山積みでした。
動画「激動の北大史」過激派の大学封鎖と機動隊導入

 国家公務員試験に合格した際、道警や開発局、高専などから本採用の為の面接通知が来たのですが、それらを丁重にお断りし、大学職員の仕事に就いたわけです。
 電子、情報工学などの技術や資格を身につけたのは、将来、仕事に役に立てるためです。若い人には、大いに技術と教養を身につけ、努力されますようお勧めします。
今の若い人の中には、「楽をして生活を楽しみたい」という傾向がありますが、そのような人達には、次の名言をお贈りしたいと思います。
 「苦は楽の種、楽は苦の種と知るべし(徳川光圀)」
今の苦労は、将来の幸せにつながるかもしれません。
今の苦しみは、自分を強くしてくれるかもしれません。
不幸な事は、いい経験やいいきっかけになるかもしれません。

油断していると、落とし穴にはまってしまうかもしれません。
楽ばかりしていると、自分が弱くなってしまうのではないでしょうか。
幸せを失うことで、不幸になってしまうことがあります。

「苦は楽の種」と知っていれば、苦しい時に「そうかもしれない」と思える可能性があります。知らなければ、まず思いつかないでしょう。
「楽は苦の種」と知っていれば、将来の不幸を未然に防げるかもしれません。知らなければ、不幸になってから後悔することになるのではないでしょうか。いい知恵をたくさん知り、それを活かせるようになれたらと思います。
おわり
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貧乏性
 私は、幼い頃から貧乏生活だったせいか、未だに貧乏性から抜け切れませんね。例えば、ヨドバシカメラやホームセンターなどの広告が入ってきたら、目を皿のようにして見てしまいます。
また、特に買う物もないのに、バーゲンショップの方に足が向いてしまうこともあります。

(上)ヨドバシカメラの店舗内
(右)ホームセンターのチラシ

 また、ヤフー(Yahoo)のオークションも毎日のように見てしまいます。
最近は、PCの電源が不安定のため、600ワット以上の電源を漁っています。
ところで、以前、SONYのベータ方式のビデオデッキを落札したのですが、出品者から何の連絡もありません。
落札してから5日以上も経過したので、出品者をマイナス評価にして諦めようと思っていた矢先、6日目にしてようやくメールで連絡がありました。
それも、何のお詫びの言葉もなく、ただ「銀行口座に代金を振り込んで下さい」という内容です。
私は、出品者に信頼性の問題があると思い、「住所氏名電話番号」を知らせるようメールで連絡したところ、出品者から電話連絡がありました。
やはり、今の若い人(おそらく)には、きちんと言ってあげた方が良さそうです。
おわり
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大嘘つきの外国人
 私がまだ独身の頃、叔父の紹介で、登別市の女性とお見合いをし婚約しました。休日に二人で室蘭市の水族館を見学したその晩に、気を使いすぎたかどうか分かりませんが、急性胃炎を起こしてしまいました。
 札幌の自宅で寝込んでいたその時、玄関に来客があったのですが、私は胃が激痛を起こしているため接客に出られませんでした。玄関には鍵がかかっていなかったので、その客は、図々しく私の寝床まで上がり込み、様子を見て、帰ったわけです。その客が後々問題になる外国人でした。
 その年の秋に、私は結婚し子供を授かりました。問題の外国人は、私の自宅の前の建物を購入して改築工事を始めました。
私は「何の工事ですか」と聞いたら、外国人は「雑貨屋を建てるんです」と答えたため一応、安心をしておりました。
 その工事中の迷惑さは言葉では表せません。パワーショベルの振動で家は揺れるわ、飼っていた熱帯魚の水はこぼれるわで、まるで地震のようでした。

 約半年の間、そのような状態がつづき、翌年の3月頃、工事が終わりました。しかし、出来上がった建物を見たら、なんと「パチンコ屋」だったのです。私はその外国人に「雑貨屋を建てると言っていたのに騙したんですか」と言ったら、外国人は「(私の)父親から承諾を受けています」というのです。 私が父に確認したところ「自宅の前にパチンコ屋を建てて良いなどと承諾したことはない」という返事でした。
 私は、その外国人を信用できなくなった訳ですが、自宅の前にパチンコ屋があると、子供を育てる環境ではないので、どこか良い土地がないかと思っておりました。

 その頃、北海道新聞の広告に「小川のせせらぎや、小鳥の声が聞こえる、札幌市内希少の素晴らしい環境」という東急不動産の物件が載っていました。早速、家族揃って、西区西野の土地を見に行き、大変気に入り購入することになったわけです。
 そうして、北洋銀行と住宅金融公庫に膨大な借金をして、翌々年5月、ついに夢にまで見た新居が完成しました。私には、ローンの返済に追われる貧乏生活が待っておりましたが、大嘘吐きの外国人とパチンコ屋の環境から解放されるのが、何よりも嬉しかったですね。
おわり
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貧乏からの脱出また貧乏へ
 私が小学5年生の頃、突然、当時住んでいた札幌市中央区の家から立ち退くことになりました。
これも貧乏のためかと思いましたが、立ち退き料に当時100万円も地主から貰ったのです。これは、現在の貨幣価値で1千~2千万円位でしょうか。
 私たち家族は、そのお金で、札幌市北区に土地を買い新居を建て、新しい生活を始めることになります。
 現在、その辺りは地下鉄駅やスーパーマーケット、大型家電店などが建ち並んでおりますが、当時はまだ見渡す限りの「レントコーン畑」でした。
 夜ともなれば、どこからともなく、牛の「モーモー」という鳴き声や、カエルの「ゲロゲロゲロ」という鳴き声が聞こえてまいりました。ホタルも沢山見かけました。

昭和32年頃の新居(北区)

昭和32年頃の白黒テレビ(真空管式)

 新居には、まだ出始めの東芝白黒テレビ、東芝洗濯機、東芝サークラインなどの電化製品が備えられ、以前の貧乏生活から見れば、夢みたいな生活になりました。
 しかし両親は、マイカーのことは夢にも考えておらず、新居への通路が、一間幅(約1.8メートル)しかないため、クルマは入れなかったのです。
 その後、少年期から青年期の約20年間は北区の家で生活し、やがて私は、登別市の叔父の紹介で、見合い結婚することになります。
 そうして子供もできて、楽しい家庭を作ろうとしていた矢先に、自宅の目の前に、外国人が経営するパチンコ屋を建てられてしまいました。
その結果、子供を育てる環境が損なわれてしまったため、北区の家を捨て、札幌市西区に家を新築(現在の家)し、移り住まなければならないことになりました。

昭和52年頃の新居(西区、リフォーム前)

新居の庭に作った池

 当然、パチンコ屋の外国人から立ち退き料など貰えませんから、公庫と銀行に膨大な借金をして、土地を買い、家を新築することになり、またまた、貧乏生活が始まりました。
おわり
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常識のないバスの乗客
 数年前の話です。自宅に帰ると、登別市の実家から帰って来た妻が、何となく機嫌が悪いのです。事情を聞いたら、バスの乗客の常識の無さには呆れたそうです。
 それは、実家から札幌に帰ろうと登別市幌別からバスに乗車したとき、荷物を座席に置いて、二人分も占有している客が6~7名も居たというのです。
 普通なら、荷物を膝の上などに置いて、あとから乗車してきた客に席を譲らなければならないのに、誰一人として譲ろうとしなかったと言います。
 妻は大声で「座席に荷物を置かないで下さい」と、注意したそうです。
私は、「そのような注意は、バスの運転手がするんじゃないかい」と言いましたら、おとなしそうな運転手で、どうにもならなかったそうです。
 本当に常識がない乗客が多くて困ります。座席に荷物を置いて占有する客の年齢は、四十から五十歳代の女性に多いようです。
 
道南バス

 札幌の市営地下鉄やバスの場合、車両の中に荷棚がないですね。
東京の山手線や地下鉄には、荷棚があるのですが、札幌の公共交通機関に荷棚がない理由が分かりませんね。
 理由として考えられるのは、車両の振動で、荷物が棚から落ちると、周囲の乗客がケガをする恐れがあるからでしょうか。

札幌市営地下鉄
車輪は世界的にも珍しいゴムタイヤ

札幌市営地下鉄(車内)
荷棚がない

 航空機の場合、荷物の機内持ち込みは、ハンドバック程度の手荷物に制限されていますね。
 札幌の市営地下鉄やバスの場合も、大型のスーツケースやボストンバックなどの「大きな荷物」の車内持ち込みは制限したらどうでしょう。
あるいは、座席に荷物を置く場合、「二人分の乗車料金」を徴集しても、誰も文句は言えないと思います。
 荷物の話ではないのですが、私の中学時代、教頭先生が、幼児料金が只なのに、親が幼児を座席に座らせていることに、腹を立てていましたね。
その教頭は軍国調の先生で、すごく怖かったのが印象に残っています。
おわり 
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白タクの出現
 昭和30年代、当時、マイカーの所有者はいなかったと申しましても、札幌の一部の大富豪や政治家は、自家用車を所有しておりましたね。ここで言うマイカーとは「一般庶民」が所有するマイカーのことです。
 マイカーが出現する直前に、白タク(※)というが流行りました。白タクというのは無許可のタクシーで、かなり安い料金で利用できたのですが、取り締まりが厳しくなり、数年で廃れてしまいました。

 当時、小学生だった私は、安ければ、白タクでも正規のタクシーでも良いと思っていましたから、なぜ取り締まるのか分かりませんでした。
何れにしましても、タクシー代金は親が払っておりましたので、子供の私にはどうでも良かったことなんです。
 最初に白タクを利用したのは、確か、札幌円山動物園に見学に行った帰りでしたね。白タクの車種は「ダットサン」でした。白タクの中で、親が運転手に「儲かりますか」と聞いたら、運転手は「大変なんですよ」と答えたのが、50年以上経った今でも記憶に残っています。
 次に、白タクを利用したのが、叔父たちと小樽に行ったときです。
昭和30年代の、札幌から小樽駅前までの白タク料金の相場は、2000円位でした。現在、正規のタクシーを利用した場合でも、小樽駅前までの料金は8000円くらいですから、50年前の白タク料金は、それほど割安ではなかったですね。(現在のタクシー料金の目安)
 それよりも、白タクが小樽駅前に着いたとき、正規のタクシーの場合は、ドアボーイ(小樽駅の駅員)がドアを開いてくれる(後部座席が自動ドアでない時代)のですが、白タクと分かると、駅員はドアーを開くことを避けていましたね。私は子供ながら、やはり、白タクはまずいのではないかと思いましたね。
白タクが廃れてから、やがて高度成長時代に突入し、マイカーもどんどん一般庶民に普及して行くわけですが、当時、周囲の子供たちから「日本一の貧乏人」と言われていた私の家には、縁がありませんでした。

(※)『白タク』の解説
白タク
とは営業許可を受けず、自家用車を使ってタクシー営業している車のことである。タクシーは事業用自動車になる為、営業許可を受け、緑地に白文字のナンバープレートを付ける必要がある。しかし、無許可で緑ナンバーを受け取っていない場合、自家用車と同じ白地のナンバーを付けてタクシー営業をすることになる。ここからこういった無許可の違法タクシーを白タクと呼ぶ。海外の違法タクシーの場合、ナンバーの色は白と限らないが、これらも白タクという。海外の白タクには法外な値段をふっかけるものも多く、初めて行く国では空港に降り立った際、正規タクシーか白タクかを見極める知識が必要である。

『日本語俗語辞書』より

おわり
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クルマが少なかった昔
札幌市の人口は、現在、約193万人ですが、私が子供の頃は、その1/5程度でした。1/5と申しましても、人口は40万人くらいでしたので、当時でも札幌市は大都市でしたね。
 昭和20年代の札幌は、マイカーはほとんど無く、タクシーは冠婚葬祭の時くらいしか利用しなかったようです。荷物は、馬車や馬ソリを使って運搬しておりました。
私は、時々、馬ソリに乗せて貰ったのですが、いやー楽しかったですね。
しかし、私の目の前で馬糞をタレられたのには子供ながら驚いたものです。
 また、当時のトイレは水洗ではなく、汲み取り式トイレのため、コヤシ(糞尿)汲みも、馬車や馬ソリを使っておりましたね。
 コヤシ汲み屋のおじさんが、家庭の便槽から汲み取ったコヤシを大きな桶に入れて担いで運び、馬車や馬ソリに組み付けた大きな肥樽に入れておりました。

「北海道開拓の村」にて
 当時、「糞尿」の事を「コヤシ」と呼んでいたのは、糞尿を「肥だめ」に溜めておいて、畑の肥料に利用したからのようです。農作物に、農薬や化学肥料を一切使用しないので、安全で健康的だったようです。
人間の糞尿で育った農作物を人間が食べる」、これこそまさしく、真の再利用です。昔の人は賢かったですね。
 汲み取りのバキュームカーが出て来てたのは、私が小学校に入った頃からですね。その頃には、馬車や馬ソリは少しずつ姿を消して、オート三輪や小型トラックが取って代わりました。その頃の札幌は、道路渋滞や交通事故も少なく、住み易い時代でした。
 旅行には、父親が鉄道員(鉄道公安官)でしたので、大いに汽車を利用しました。当時は、家族保養の為のパス(家族パス)が全職員に配布されていたので、鉄道の交通費は、ほとんど掛かりませんでしたね。
古き良き時代でありました。
おわり
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路上駐車
 真冬の札幌では、一昼夜に、30センチ以上の雪が積もる事は、決して珍しくありません。それくらいの積雪がありますと、せっかく除雪しても、住宅地の道路幅が狭くなってしまいます。
 一番厄介なのは、路上駐車です。
もし火事が起きても、一台の路上駐車のために、消防車が現場に入って来られなくなり、消火作業が出来ません。
 また、路上駐車のクルマの陰から、子供が飛び出して大きな事故にもなりかねません。
 
 住民の皆さんは、日常的な路上駐車を軽く見ているようですが、これは立派な犯罪です。
 軽く見ていた路上駐車によって「保管場所法違反」で検挙され有罪になると「前科」がつきます。
 つまり、『道路上に継続して十二時間以上駐車する』、『道路上に夜間八時間以上駐車する』といった行為が「保管場所法違反」です。

 保管場所法違反は、道路交通法違反とは別の法律で、青切符ではなく、赤切符になります。
 また、保管場所法違反は、駐停車違反と比べても罰則が重く、最高で「3 か月以下の懲役または20万円以下の罰金」。違反点は2 、3 点となっています。
 罰金の相場は、昼間の路上駐車で5万円、夜間の路上駐車で4万円くらいでしょう。
 ただし、罰金は刑罰であり、刑罰を受ければ前科になります。
 また、医師の国家試験など前科のある人は受験できないこともあります。
 しかし、保管場所法違反に関して、警察による取締は、札幌の場合、区によって相当違うようです。北区は厳しいのですが、西区は甘いですね。

 次に、道路の除雪についてですが、もう少し、道幅を広くして貰いたいものです。
 また除雪車が、車庫の前に大きな雪の固まりを置いていくと、本当に困ります。
 今年も、直径50センチくらいの雪の固まり(殆どが氷)を置かれていったときは、その処置に困り果てました。
 それはそうと、私がまだ現役の時、出勤時に見かけた殆どのクルマの屋根の上には、30センチ以上も雪が乗っかっているクルマが多かったですね。
 それを見て私は、夜間、長時間路上駐車しているクルマが多いと思いました。
保管する場所の要件



・自動車の使用の本拠の位置との距離が2キロメートル以内。
・自動車を支障なく出入りさせ、かつ、その全体を収容できること。
・自動車の保有者が、自動車の保管場所として使用する権限を有すること。
※使用の本拠の位置(住所地など)から保管場所までの距離が2キロメートルを超える場合は申請が出来ません。
(例外的な場合があるので、窓口まで問い合わせして下さい。)
『札幌西警察署のホームページより』

 屋根付きの車庫でなくとも、車庫証明を取った敷地内にクルマを駐めてあれば、全く問題がないのですが、車庫飛ばしや重複駐車等で取った不正車庫証明のクルマも多いと思います。
 例えば、子供が免許を取って車を買うと、クルマ1台の駐車スペース(保管場所)に、親と子供の複数台の「車庫証明」を取る家庭も多いですね。
あるいは、駐車スペースがある実家や他人名義でクルマを購入して、車庫証明を取るといった手段もあります。
 クルマの保管場所を調べに来る警察関係者(殆どが警察OB)も、その事には目を瞑り、特に調べませんから、おそらく「保管場所を厳しく取り締まれば、クルマが売れなくなる」といったディーラー側の事情を考慮しているのではないかと勘ぐってしまいます。
 また、保管場所法違反を強く取り締まって、違反者をすべて前科者にすると、日常的に路上駐車をしている「町民皆前科者」となってしまうので、警察もなかなか取り締まれないと思います。
それはともかく、危険な路上駐車を何とかして欲しいものです。
(軽自動車の場合も、人口10万人以上の地域では車庫証明が必要です。)
おわり
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北海道の「道」の由来
 北海道は、江戸時代まで蝦夷地とよばれていましたが、1869(明治2)年に北海道と改名しました。これは、奈良時代の地方行政区画として、都の近辺の五国を畿内、他の諸国を、東海道、東山道、北陸道、山陰道、山陽道、南海道、西海道の七道に分けたことに由来します。
この五畿七道の制度によりますと、南海道が四国、西海道が九州にあたります。

 明治政府は、奈良時代の官制を復活させて、神祇官、太政官とか、大蔵省、兵部省などの名称を使いましたが、これは奈良時代も明治時代も、ともに天皇中心の国家という点で同じだったからです。
奈良時代の方法に従えば、蝦夷地には北海道という名称がふさわしいと思われます。
 北海道は一時、札幌県、函館県、根室県の三県に分け、本州と同じ行政区画制度を実施しましたが、うまくいかず、北海道庁の管轄に置かれ、北海道の名称が定着したのです。
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札幌のどこかいい場所
◎ 展望のいい場所
旭山公園から見た札幌市内の夜景をお勧めします。
200万都市の札幌市内を一望できます。
藻岩山からも見えますが、多少距離がありますし天候が悪いときはよく見えません。
その点、旭山公園からは、宝石をちりばめたような札幌市内の夜景を、天候に関わらず展望できます。

◎ グルメのいい場所
サッポロビール園がお勧めです。
赤煉瓦造りのサッポロビール園は、開拓時代の面影を残す名所としても親しみがあり、サッポロビールとジンギスカンを比較的安価な料金で食べ放題、飲み放題できます。広い敷地内には、醸造から瓶詰めまでの全行程を見学できるサッポロビール資料館もあります。

◎ その他
観光スポットである北大のポプラ並木は、老木で危険のため通行できないようになっています。
カンカン接待やカラ出張そして公文書(証拠)隠滅で一躍有名になった道庁の赤レンガは「見るだけ」の価値はあります。
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北海道の観光名所
 札幌でも雪融けが進み、待ち遠しかった春が到来します。いよいよ北海道旅行シーズンですね。
さて、観光名所ですが、家族構成や年齢、性別などによって、好みは異なると思いますので、旅行するメンバーと相談して決めましょう。

札幌の名所では「北海道開拓の村」をお勧めします。
北海道開拓の村は、愛知県犬山市にある「明治村」のような感じですが、一日掛けて十分楽しめます。また北海道開拓の村内にある「開拓記念館」では、アイヌ文化や北海道の歴史を探ることができます。

 函館の名所では、ロープウェイで函館山に登ってみて下さい。
東洋一と呼ばれる夜景を楽しむことができます。クルマは通行止めのため、登れないようですので注意して下さい。
 しかし、北海道観光といえば、やはり道東でしょう。
阿寒国立公園」阿寒、摩周、そして世界自然遺産に登録された「知床国立公園」をぜひ訪れてみて下さい。北海道の大自然を満喫することができます。
各観光地までの所要時間ですが、私の経験を言いますと、札幌から函館まで乗用車で約五時間、札幌から釧路まで約六時間、釧路から根室、納沙布岬まで約三時間。札幌から網走まで約八時間、網走から斜里まで約一時間。
斜里からウトロまで約1時間、札幌から稚内まで約八時間。
いずれも、一般国道の利用で乗用車の場合です。休憩時間は含まれません。
北海道の国道を、乗用車で走る場合は、「距離50Kmを約一時間」として計算してみると、観光地までの所要時間を計算できると思います。
 気温は、日本海側と太平洋側とは違いますし、オホーツク海側でも異なります。また、旭川や帯広では、内陸性の気候ですので複雑になってきます。
したがいまして、服装は3月でもジャンバーが必要なことがあります。
それは3月であっても、2月下旬の気温まで下がることが珍しくないからです。 更に、峠では気温が下がりますので要注意です。
 次に宿泊場所ですが、ホテル、旅館、国民宿舎、官公庁共済宿泊所、YH、キャンプ場そして野宿などに分けられます。
個人であれば、どこに寝泊まりしても問題はないと思いますが、老人や子供が一緒なら、キャンプや野宿とはいかないでしょう。
 そこで、安く泊まれる施設として、市町村が経営する国民宿舎がお勧めです。官公庁関係者では、共済組合が経営する宿泊所がよろしいと思います。
国家公務員関係では、KKR札幌というようにKKR(国家公務員共済組合連合会)です。
 素泊まりなら一泊3千円前後。ただし夕食、朝食込みでは8千円位になるので、食事は、パンか札幌ラーメンなど外食で済ませて、宿泊はあくまで「素泊まり」とするのが、KKRを利用するコツです。
 もし、一泊2食付きで7~8千円(平日)なら、定山渓や登別などの有名ホテルに宿泊することが可能です。
おわり
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カラス蛇退治
 20年ほど前、自宅の敷地内に、カラス蛇の子供が侵入したことがあります。私は勤務のため不在でしたので、家族が保健所に連絡をしたところ、保健所の担当者は「市道や公園などの”公共の場所”であれば、市は駆除などの対応をするが、個人の敷地内であるので、専門業者に依頼して下さい」という返答でした。そのとき、駆除のための専門業者の手数料は、約2万円もかかると言われたそうです。
 保健所の返答を受け取った家族から私の勤務先に、いきなり「カラス蛇をなんとかして欲しい」と連絡が入ったときはビックリしました。
私は「カラス蛇は毒蛇のため危険であり、専門業者に頼むか、蛇をなんとか”公道まで追い払う”ことができないか」と返答しました。

 家族が保健所に「カラス蛇は、山から公道を通って自宅の敷地内に侵入したのだから、公道まで追い払っていいですか」と問い合わせたら、保健所は、公道にカラス蛇が入ってきたら大変と慌てたらしく、即座に係員が来て駆除してくれました。カラス蛇の体長は約20cmくらいで、まだ子供だったようです。
 保健所の係員は、そのカラス蛇をビニールの袋に入れて持っていきました。
その時係員は「カラス蛇の子供が居るのだから親が出てくるかも知れない」という言葉を言い残して帰ったそうです。
おわり
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音声装置
 大学に在職中、私の先輩に交通事故で視力を無くした視覚障害者がおりました。当時、その先輩のために音声装置を探してパソコンにセッティングしたり、パソコン通信のオートパイロットのプログラムを作成していました。
 しかしながら、その頃、音声を文字に変換する装置はまだ研究段階らしく、当時(1995年頃)、市販されていたのは、富士通のVSUや高知システムのAOKなどの音声出力装置くらいでした。

 これは、キー入力した文字を、一文字単位でリアルタイムで音声出力するという装置で、視覚障害者は耳で確認しながら文章を入力できるという装置です
 結局、先輩が職場でも使用しているということで、高知システムのAOKを採用しました。
 それにしましても、マルチメディア時代といわれている割には、音声認識の研究が非常に遅れているという事や、視覚障害者のための支援システムが少ないこと、そして高価であることがあらためて認識できました。
視覚障害者相手に暴利をむさぼっていると思いたくなるような製品もありました。
おわり
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ストーブと煙突の話
北海道の暖房用エネルギーの主流は、石油(灯油)です。
札幌では、FF式(強制給排気式)のストーブを据え付けられる家が多いようです。またマンションも、集中暖房よりもFF式の個別暖房を採用する場合が多くなっています。
 その理由は、設備費用が10万円前後と安いことと、燃焼に必要な空気を屋外から取り込み、排気ガスは屋外に排出するので酸欠事故が起こりにくく、室内の空気が汚れないという長所があるからです。
しかし、室内が乾燥しやすいので、加湿を十分に行い、風邪をひかぬよう注意しなければなりません。
 そのようなわけで、北海道の住宅には煙突(FF式の場合は給排気筒が煙突の役目もします)のある家が少なくなっており、屋根の形もスノーダクト方式が増えているため、家の形は本州の陸屋根の家とそれほど変わりはません。しかし、まだまだ煙突のある家が多いですね。
ちなみに、私の自宅には集合煙突が2本も建っていますし、2階のベランダから町内周辺を見渡すと、煙突がニョキニョキ建っている家が見えます。
 私の家では、かつて中央区や北区に住んでいた頃、カマダ貯炭式ストーブやキングストーブ、ルンペンストーブなどの石炭ストーブを使っていましたが、定期的に煙突掃除をしなければなりませんでした。
 質の悪い石炭を使うと、1週間に1度くらいは煙突掃除をしなければ、石炭が良く燃えなくなります。煙突掃除と簡単にいっても、ススで室内や衣服などが汚れるため、難しい作業です。むかし「煙突掃除屋」という専門的な業種があったくらいです。
 焚き付けも面倒でした。新聞紙と細かく切った木っ端の上に石炭をかぶせてマッチで火を付けるのですが、これがなかなかうまくいきません。
新聞紙だけ燃えて、焚き付け用の木と石炭が残ってしまう場合が多かったですね。
■スノーダクト■
スノーダクトの家は、三角屋根ではなく、なだらかな逆三角のような形の屋根ですが、外見は、平らな陸屋根のように見えます。屋根のほぼ中央にダクトの穴があり、雪が融けて下水に流れるように配管されています。

自宅(2011年秋撮影)
 スノーダクト方式は、雪下ろしの必要がないため、隣接する家に雪害で迷惑をかけることが少ないのが大きな特長です。また、三角屋根と比べて部屋数を多くとれることや、敷地の有効利用ができることも特長です。
おわり
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事故を誘発した作業車
 雪融けが始まり、道路も走りやすくなりました。
私がまだ現役時代のある日、西野の交差点で、信号が青に変わったので左折しようとしたところ、いきなり、札幌市の黄色い作業車が右折してきました。私は危険を感じ、急停車したところ後続車に追突されてしまいました。
私は事故を誘発した市の作業車に対し「止まれ」と大声で叫んだのですが、一目散に逃げていきました。
 またある日、自宅付近の交差点で、直進しようとしたところ、むりやり右折車が突っ込んできました。私は交差点の半分くらいまで進んでおり、まさかと思いながらブレーキを踏みました。
 右折車と私の車のバンパーが接触しているように見えましたが、運良く別に支障はありませんでした。
 相手のドライバーは、20歳前後の学生風の男で、スミマセンも言わずに立ち去っていきました。こうゆうドライバーはおそらく、どこかで必ず事故を起こしているものと思います。

 しかし、やはり横柄な運転をするのは、4WDのワゴン車やRV車などの大型の乗用車です。これらのクルマを運転するドライバーは、遊び半分で運転をしているとしか思えません。
 トヨタ系ディーラーの社員の言によると、冬場の交通事故の場合、4WDのワゴン車やRV車がからむ大事故が多いとのこと。
 また、RV車(四輪駆動のアウトドアを目的とするクルマ)でありながら、早め点灯をしているのを見たことがありません。お日様が沈んでも、周囲が明るければ、無灯火で走行しているのをよく見かけます。
 早朝や夕方あるいは降雪時や雨天などでは、ライトを点灯してほしいものです。 私は早め点灯で、交通事故がかなり減少するものと思っております。
おわり
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パトカーも予見運転が必要
 パトカーに追跡されて、ドライバーが事故を起こすケースが増えておりますが、自宅近くでも数年前、地下鉄琴似駅付近で、2人乗りのバイクの少年がパトカーと衝突して死亡しました。
警察の調べによると、少年らは無免許運転でヘルメットをかぶっていなかったようです。
 警察側は、この件について、適切であったと述べていますが、ヘルメットなしのバイクを追跡し、進行を遮ったらどのような結果になるか十分予見できたと思います。
 バイクは、転倒しただけでも生命に関わるのに、ノンヘルであれば、なおさら重大事故に繋がります。このような結果になったという事は、警察側にも重大な過失があると考えます。バイクを追跡するのなら、白バイでするべきです。
 西署管内では、以前も宮の沢通りで、パトカーに追跡されたクルマが事故を起こし21歳の男性が死亡しております。
 警察は、パトカーに関わる事故が発生したら、必ずといってよいほど「パトカーを”振り切り”事故を起こした」などと責任逃れの発表をしておりますが、検問を突破した場合、パトカーを振り切れることは、まずありません。
パトカーは、サイレンも鳴らさず猛スピードで追跡してくるのです。
おわり
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「捨てる」の方言
 北海道では、「捨てる」のことを「なげる」あるいは「なげろ」を使うことがあります。関東の田舎の方では、「ほかせ」と言うらしいですね。
方言は消えつつありますが、言葉は時代によって変わるものです。
たとえば、江戸時代と室町時代とでは、言葉が異なります。
 その伝達の仕方は、発生源(中央、都)に近いほど早く伝達されますが、遠くなればなるほど周期が長くなり時間が掛かります。その間、地方は現地の言葉づかいや発音が残ります。


 現在は、情報化時代ですから言葉の伝達の早さは、遠くても近くても変わりませんが、昔は何十年もかかって全国に伝わったのです。
たとえば、室町時代末期までの言葉は、現在の日本人にはまったく通じないと言われています。
 いま「方言」と呼ばれている言葉でも、その昔は「中央、都」の言葉であったかも知れません。
おわり
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小話 「北朝鮮の核実験」
 北朝鮮問題において、いま最も話題になっているのは、核実験であろうかと思います。以前、米国はマーシャル諸島で、広島・長崎に投下された原子爆弾の1000倍以上の水爆実験をおこなった結果、我国の第五福竜丸ほか、多大な被害を太平洋の広い地域に及ぼしました。
このように米国は今まで多数の犠牲者を出しながら、核実験をおこなってもそれ程問題にならなかったのに、何故北朝鮮の核実験がこれほど大きな問題になるのでしょう。
 その理由は、北朝鮮と韓国は朝鮮半島38度線を挟んで休戦状態であることと、米国と日本そして韓国が軍事条約を締結しているため、もし北朝鮮と韓国が開戦となったときは、日本も韓国と同様に北朝鮮による核ミサイルの標的になってしまうからです。
 もし、米国が北朝鮮に対し、イラクと同様に先制攻撃をおこなったら、韓国の首都ソウルと同様、首都東京が核ミサイルの攻撃の的になることは間違い有りません。
 当然、横田基地や横須賀、沖縄、千歳などの米軍基地にも着弾すると思います。また標的は基地だけではなく、各地方の原子力発電所もミサイル攻撃を受けると思われます。
 イラク戦争の結果を見ても分かるように、北朝鮮のミサイル基地を一撃で粉砕できるわけがないのです。
当然、北朝鮮の核ミサイルは、米軍による空爆を受けても安全な地下100m以下の場所に配備されていると思います。
 もし、米国による先制攻撃を受けた場合、北朝鮮は韓国や米国そして日本に対し反撃の大義名分が立つわけですから、怖いものはありません。
当然、自国の国民からも支持されるでしょうし、盟友であるロシアや中国からも反撃の支持を受けると思います。
 これはもう第3次世界大戦の勃発です。仮に大戦には至らなくても、中東のようにイスラエルとパレスチナが攻撃と報復合戦に明け暮れる状況が、極東でも北朝鮮・ロシア・中国対韓国・米国・日本が報復合戦に明け暮れるのは間違い有りません。
 こうなると東京や大阪のみならず地方都市まで焼け野原になり、第2次世界大戦で被った被害よりも、はるかに大きな被害になると予想されます。
かつて北朝鮮による核実験に対し、米国のブッシュ大統領が「北朝鮮攻撃はない」と言明した事は間違いなく、先制攻撃は極東での報復合戦につながるものと見えていたのでしょう。
 さらに北朝鮮とロシア、中国は、有事の際、物的にも人的にも援助するという密約があると考えてもよいでしょう。
日本は諸外国に先駆けて、北朝鮮への経済制裁をおこなっていますが、これで一番喜んでいるのは、対北朝鮮以外の大手輸入業者でしょう。
 安価で人気があった北朝鮮産(表向きは中国産)のウニやアワビなど魚介類を扱っていた業者、その結果、貧困層は打撃を受け、高価な国産品を買わなければなりません。
経済制裁は北朝鮮には全く効果がないものと思われます。北朝鮮の交易先は日本だけではなく、中国やロシアなどもあるわけです。
 そのうちに、日本の経済制裁を口実に報復処置として東京、霞ヶ関あたりに核ミサイルが一発飛んでくるかも知れません。
但し、技術的に小型化された核弾頭を搭載できても、ミサイルの自動制御装置が貧弱であれば、正確な誘導制御や姿勢制御などが不十分な状態のまま日本に飛来して、首都東京まで到達しないで、日本海側の高浜原発や刈羽原発あたりに着弾する可能性もあります。
 このように精度の悪い核ミサイルを飛ばされると、日本だけではなく北朝鮮に誤爆される可能性があるロシアや中国も大迷惑を被ることになるのです。そこで、北朝鮮の核ミサイルを基地から発射させないための知恵を絞らなければなりません。たとえば、発射台に供給する電力の遮断やミサイル基地に対する超強力妨害電波による自動制御装置の無能化なども考えられます。 さらに無人飛行物体を利用した妨害もミサイルを発射させないための戦略になるかと思います。
そもそもミサイルは予想よりもかなり高価なマシンです。
 北朝鮮のノドンやテポドンの価格は分かりませんが、たとえば米軍の潜水艦発射用弾道ミサイルは1基約3000万ドルと公表されています。北朝鮮は経済的にも末期状態のようですから、核武装は諦め諸外国に対し経済支援を要望すべきかと思います。
 安倍内閣による北朝鮮に対する経済制裁は、北朝鮮政府ではなく一般国民に対する制裁になるという意見もあります。これからは北朝鮮国民を援助するための外交努力も重要かと思います。

テポドン1号 略図
 我国も米国の核の傘にすがっているわけですから、北朝鮮のことは批判できません。これは韓国も同様です。
もし正々堂々と北朝鮮に対し経済制裁を行うためには、米国の核の傘を投げ捨てるべきかと思います。
 我が国は朝鮮半島植民地時代に数万人にも及ぶ多数の朝鮮人に対して行った強制連行や搾取収奪など、様々な問題を日本国政府は一つも解決もせず、経済制裁を実施しています。
 このように安倍首相を初めとした内閣の姿勢は「美しい日本」ではなく、「嘘と欺瞞と誤魔化し」にまみれた愚か者の体制かと思われます。

2013.3.10  石川 栄一
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